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1999-09 文芸部 部誌に寄稿。

タイトルの通り、戯曲「魔王」からの創作です。
童話調ではないんですが、「昔々」シリーズ第三弾ってことになってます。






1.
 クロイツは、町で道に迷っていた。
 父は一週間分のパンを買うために、パン屋に行っている。
 彼らの家は、この町からずっと離れたところにある。そこで、家族三人暮らしているのだ。
 クロイツにとっては、町はおとぎの国のようだった。
 わがままを言ってやっと連れてきてもらった、町。
 全てが新しく、珍しくて、彼は歩き回ってしまった。
 結果、このように迷子になってしまったのだ。
 「父さん、どこ?」
 クロイツは、自分の目に涙がこみ上げてくるのを拒むことは出来なかった。
 今にも、嗚咽が出そうだった。
 我慢しようと俯くと、道路の赤れんがに自分の影だけが映っていた。
 ひとりぼっちの、影が。

 「どうしたの?」
 泣き出してしまう、ほんの数秒前だった。
 優しい女の子の声が聞こえた。
 「もしかして、迷子になっちゃったの?」
 振り返ると、白いドレスを着た女の子が立っていた。
 白い帽子に白い靴。そして白い手足。
 それに、長い黒髪が映えていた。
 クロイツは、泣くのも忘れて見とれてしまったが、我に返ってうんうんと頷いた。
 「そうか、この町、初めてなのね。」
 「……うん。」
 彼は涙を拭うと、改めて彼女の方を見た。
 顔も、透き通るような白だった。
 「私はセイラ。私も道に迷っちゃったの。一緒にお父さんを捜さない?私、ひとりぼっちで心細かったんだ。」
 彼女は、そう言って手を差し出した。
 「僕は……クロイツ。」
 彼は、彼女から差し伸べられた手を取り、自分の名を答えた。


2.
 表通りをウィンドウ・ショッピングをしながら歩き、
 ほんの少し持ってたお金で、二人で飲み物を買って半分こしたり、
 坂道をどっちが早く上れるか競争したり。

 そうしている間に、セイラの父親は、すぐに見つかった。
 道路から少し離れた石段で休んでいたのだ。
 「お父さん、ほら。私、友達が出来たの。」
 セイラは、父親を見つけると、クロイツの手を引いて彼の所へ駆け込んだ。
 友達、と言う言葉に、彼は少し嬉しい気がした。
 辺境に住んでいる彼には、同じ年頃の友達は居なかったのだ。
 「どれどれ、父さんに見せてごらん?」
 クロイツは恥ずかしそうに頭を下げた。
 「僕、クロイツって言います。迷子になってた所をセイラに助けてもらったんです。」
 「ううん、私につき合ってもらっちゃったの。」
 セイラが、凄い勢いで首を振った。
 二人は、顔を見合わせて笑った。
 こんなに気が合う人は初めてだと言わんばかりに、二人は笑い続けた。

 「二人とも、楽しそうだね。」
 セイラの父親の言葉に、二人は一緒に頷いた。
 「それなら、どうだろう、クロイツ君。私たちと一緒に来ないかい?もちろん、お父さんに断ってからだけど、私もセイラも寂しくてね。友達が欲しかったのだよ。」
 いきなりの問いに、クロイツは驚き、そして考えた。
 確かに、あの家を出たら、ずっと、こんな楽しいことが出来るのだ。
 しかし、自分は両親が好きだし、ほかにはこれと言って不満がない。
 「クロイツが来てくれるんなら、私は嬉しいけど?」
 屈託のない笑みで、セイラはそう言う。
 「でも、ごめん。僕は父さん達と離れたくないからさ。」
 「そうよね、あたりまえよね。」
 明るい笑みを浮かべたままのセイラ。
 クロイツは少し心が軽くなった。
 「残念だが、しょうがないか。」
 セイラの父親も、ふっと肩をすくめた。
 「また、ほかの子を探すとしよう。」
 それを後目に、彼女はクロイツの手を引いた。
 クロイツは少し驚いたが、その手を力一杯握り返した。それは、何かの合図のように。
 「それじゃあじゃあお父さん、今度はクロイツのお父さん探しに行くね。」
 「本当に御免なさい。また、ここに遊びに来ますから。」
 二人はそう言うと、競争だ、と坂道を駆けていった。
 「遊びに来るか。」
 父親は、静かに呟いた。


 坂の上には、クロイツの父親がいた。
 心配で、彼を捜していたのだった。
 「クロイツ!」
 父親の声で、勢いが増したようだった。
 「父さん!」
 クロイツは、彼の腕に飛び込んだ。
 それは大きくて、安心できる胸。
 「どこに行っていたんだ。心配したんだぞ?」
 「ご免なさい、父さん。」
 その暖かい感触に浸っていたかったが、自分の連れのことを思い出して、彼から飛び降りた。
 「父さん、友達になったセイラを連れてきたよ。僕と一緒に、父さん探しを手伝ってくれたんだ。」
 クロイツの指さした方には、誰もいなかった。
 「誰もいないぞ?」
 その声に驚いて、クロイツ自身も振り返ったが、誰もいなかった。


 ねえ、お父さん。
 私、代わりの子なんていやぁよ。
 あの子がいい。あの子が友達だったらいい。
 女の子の声が、静寂の夕暮れに響く。
 優しい感じの声だ。
 
 そうか、お前もやっぱりあの子がいいか
 低い暖かい声も、それに対して響いていく。

 じゃあ、やはり、またあの子に会わなくてはいけないな、と、ふたりは考えた。

 一番、会いやすい場所はどこだろう。

 二人の瞳は、苦く輝いていた。
 それこそ、悪魔のように。


3.
 夜半を過ぎると、更に風は増していた。
 クロイツの父は早くに帰りたかったのだが、あれからパン屋の主人にもてなされ、帰るに帰れなかったのだ。
 馬をとばし、クロイツをしっかりと抱え、早くに家に帰ろうとしたのだ。
 馬に揺られながら、父は不思議なことに気が付いた。
 いつもなら、クロイツは馬にのるとはしゃいでいるのに、今は下を向いて、震えていたのだ。
 「クロイツ、お前はどうして先刻から顔を隠しているんだ? 何に怯えて、そんなことをしているんだい?」
 「父さん、そこに見えない? 魔王が僕を見ているんだ。」
 クロイツは、道の先にあるそれを、指さした。
 白く、大きな影が、のしかかってくる。
 「ああ、あれは霧だ。今日は暖かかったから、霧が出ているんだよ。心配しなくてもいい。」
 父には見えていないのだろうか、とクロイツは更に隠れるように俯いて思った。
 クロイツには鮮明に見えた。それは昼に自分に話しかけた初老の男の姿。
 優しく、自分を慰めてくれたその声で、彼はクロイツに話しかけた。
 「クロイツや。いい子だから、私の所へおいで。一緒に遊んであげるから。見たこともないような綺麗な服や、色とりどりの花が咲く場所も、連れていってあげるから。」
 「ねえ父さん、父さん! ほら聞こえるでしょう? 魔王が、僕に話しかけてくるよ! 嫌だ、怖いよ……」
 自分に差し伸べられた手を必死に払い、彼は父に助けを求めた。
 「大丈夫だよ、クロイツ。ほら、あれはね、木の葉が風で鳴っているだけだよ。気にしているからそう言う風に聞こえてしまうんだよ。落ち着いてごらん、大丈夫だからね。」
 父は、自分の言っていることを信じてくれないのだろうか。普通なら、確かにそう思うだろう。でも、今、実際に自分の目に見え、聞こえているのだ。どうしたら解ってもらえるだろう。
 クロイツは恐怖と落胆で体が冷えていくのを感じていた。
 「クロイツ、ほら、私の娘も君が来るのを心待ちにして居るんだよ?あの子はいたく君が気に入ってね、一緒に遊んで欲しいと言うんだ。歌や踊りが上手だから、君も気に入ってくれると思うのだがね。」
 目を閉じて聞いていると、魔王の声のなんと暖かいことか。思わず頷いてしまいそうになったが、彼はいけない、と自分に言い聞かせ、目を見開いた。
 目の前に広がるのは、闇一色だった。父の吐息と、馬の蹄の音。
 そして、彼には見えた。
 白いドレスをまとった、あの綺麗に笑う少女が彼に向け手を振っているのを。
 「父さん!! ほら、あれを見て、魔王の娘だよ!嫌だ、僕は行きたくないんだ!!」
 彼は、力一杯叫び、拒否した。
 さすがに彼の父も心配になってきた。
 もしかして、本当に魔王が居るのではないかと。
 「クロイツ、落ち着くんだ、どこにも魔王も、その娘も居ないよ。あれは枯れた柳の幹だよ。月の光で白く光っているんだ。お前が怖がるような物ではないよ。」
 クロイツに言っているつもりで、実際、そう言い聞かせたのは、誰でもない、父親自身だったのかも知れない。
 闇夜のなんと薄気味悪いことか。
 風も、人の叫びに聞こえるし、夜の生き物が蠢いて、そこここでその瞳を濡れたように輝かす。
 父は、そこから半強制的に目をそらした。
 「父さん、セイラが僕に手招きしているのが見えるんだ。どうしても、あの子に見えて仕方がないんだ。」
 白い手、白い顔。そして微笑み。確かに、あの少女に違いない。
 父には見えなかった。しかし、気配は感じた。何か、人でない物の。
 「父さんには見えないんだ。お前にだけ見えるのなら、もしかしたら、お前の心の中に住んでいるのかも知れないよ。『魔王なんて居ない』と、一回思ってみたらどうかい?」
 否定をすると、そう言った物は消える、とどこかの本に書いてあったような気がしたのだ。父は願った。どうかクロイツが、そんな物に取り殺されたりしないように、と。
 クロイツは、そんな父の気配を察し、自分も祈り始めたのだ。
 神様。魔王の幻影から、どうか僕を守ってください。


4.
 「可愛い子だね、クロイツや。お父さんの言うことを素直に聞いて。」
 魔王に髪を撫でられ、クロイツは少しびくっとしたが、また、先刻のように祈り始めた。
 しかしそれでも、魔王は何ともなく、そして、また話しかけてきたのだ。
 「残念ながら、私たちはちゃんと君の前に居るんだよ。君のその純粋さが、私たちには必要なんだ。私たちは、純粋な子が居ないと存在できないのだよ。だから、一緒に来て欲しいんだ。」
 純粋な子が居ないと、消えてしまう。
 クロイツはそれを聞いて、少し可哀想になってしまった。
 せっかくこの世に生まれたのに、消えてしまうなんて。
 「行くって、どこへ?」
 クロイツは、思わず訊ねてしまった。
 「私たちの世界だよ。静かで綺麗な場所だよ。」
 遠い目で語る魔王を見て、クロイツは少し悲しくなった。
 しかし、それと同時に、自分の母親の目を思い出した。
 同じように、古い思い出や昔話を語ってくれる母。彼女を置いて、行けやしない。
 それに父さんも、自分がもし遠いところに行ってしまったら、どんなに悲しむことか。
 「可哀想だけど、行けないよ。母さんや父さんを置いては行けないよ。」
 クロイツは、正直に語った。
 しかし、その言葉に、彼らは落胆しなかった。
 いや、むしろ喜んでいた。
 「クロイツ、有り難う。可哀想だと言ってくれて。」
 セイラはあの、優しげな微笑みをクロイツに返して、言った。
「これで、貴方を連れていけるわ。可哀想と私たちに同情してくれる子を私たちは連れていけるの。」
 それを聞いて、彼ははっとした。
 これは、もしかして罠だったのではないか。
 このセイラは、その、自分の身分とは正反対の微笑みで嘘をついたのではないか。
 自分を魔王に世界へ連れていくために、ついた嘘なのではないか?
 「嫌だ、行きたくないよ!僕は、父さん達のそばにいたいんだ<」
 「だめよ、もうクロイツは私たちと一緒に来なければならないわ。『可哀想』という言葉は私たちと貴方を繋ぐ『絆』。もう、私たちとは別れられないのよ。」
 セイラは、心から嬉しそうにそう語る。
 「ああ、これで私にも友達が出来るのね?」
 「ああ、そうだよ。良かったね、セイラ。」
 魔王は、クロイツの手を取り、自分の方へと引き入れようとした。
 「さあ、クロイツ。私たちの国へ案内しよう。」

 「父さん、父さん助けてよ、魔王が僕の腕をつかんで話さないんだ。僕、魔王の世界に連れて行かれちゃうよ?」
 魔王の世界、それは、死。
 白と黒の世界。
 綺麗で、そして──── 
 クロイツは、もう、自分がどうなったのか解らなかった。
 体は宙を舞っているような感じがして、意識ははっきりとしていなかった。
 ただ、解っていたのは、セイラの嬉しそうな白い顔。
 「クロイツ?しっかりするんだ、もうすぐ家に着くからな!」

 「父さん!父さん!!」
 クロイツは、その声を、ずっと遠くで聞いた気がした。
 力を振り絞って出した自分の声すらも、遠い。
 

5.
 「クロイツ、安心しろ!家だ、家が見えたぞ!」
 父は、だんだん近づく家の明かりに、安堵の声を漏らした。
 やがて、家の前の一本の古木の所に着くと、厩にも入れずに、そこで降りた。
 父はクロイツを抱いて、すぐさま家に入った。
 魔王が、まだ彼を責め苛んでいるかも知れないからだ。
 「たった今帰ったぞ。」
 その焦ったような声に、母は少し驚いていた。
 「どうしたのですか?そんなに慌てて。」
 「いや、帰ってくるときに色々あってね。」
 父は、まだ彼の腕の中で目を覚まさないクロイツに声をかけた。
 「ほら、クロイツ。家に着いたぞ。なんでもなかっただろう?」
 しかし、その声を聞いても、クロイツは反応だにしなかった。
 「クロイツ?」
 心配して、母も声をかけた。
 それでも、返事がない。

 腕に抱かれたクロイツは、すでに事切れていた。





あとがき。

きっと誰もが音楽の授業で聞いたことのある、あれが元ネタですよ。
耳からはなれなくなりますよね~、あの曲、あの歌詞。

ドイツ語版を聞く機会がどっかであって、
「mein Vater!mein Vater!((お父さん!おとうさん!)」って歌詞がすごく耳に残りました……
日本語の方がなんだか面白く聞こえて悲壮感を感じれないのはなぜだろうか……
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