アイツがトーキョーへ帰ってから、もうそろそろ一週間になる。
あいかわらず、アタシはここの鉄格子から空を見上げている。
アイツも、同じ空を見上げているんだろうか。
「……酒が飲みたい……」
ここに入ってからというもの、酒なんて飲めるわけがない。
だけど、アイツのことを考えると、無性に酒が飲みたくなる。
なんか、胸の辺りがムカムカくる。
アイツのことを忘れたいのか?
確かに、酒に溺れればその瞬間だけは、アイツを忘れられるかもしれない。
いや、そんな瞬間でもなお、アイツを忘れられるわけはない。
アイツはトーキョーに帰った。
アタシは、この巴里の空の下。
本当に、アイツは待っていてくれるのだろうか?
仮に、待っていなくても。
それはアイツのせいじゃないって判ってる。
信じていない訳じゃない。
でも……
……会いに行きたい。
こんなところ抜け出して会いに行きたい。
これはアタシのケジメだ。
綺麗な身体でアイツの所へ行く。
そう決めたばっかりじゃないか。
ああ、ホントにアタシはどうかしちまったよ。
……変わっちまった。
な、隊長?
人ってこんなに変われるモノだったんだな……
「ロベリア」
いきなり、鉄格子の外から声をかけられた。
見ると、エビヤンの奴が立っていた。
「何だよ? なんか用事か?」
アタシは面倒くさげに返事をした。
「いや、お前の様子を見に来たとき、丁度さっきの呟きが聞こえてな」
言うと、エビヤンは酒瓶をアタシの目の前に置いた。
「これを大神君から、トーキョーに帰ると伝えられたときに渡されてたのを忘れてたよ」
大きめのその瓶は、確かにアタシには見覚えがあった。
以前、アイツがトーキョーの上司から貰った大切な物だって言ってた、あの日本酒だった。
「それ……」
アタシの驚いた顔を見ると、エビヤンはそれをアタシに手渡した。
「『ロベリアのことだから、いつかお酒が飲みたいって言うことがあると思います。
そうしたら、これをあげてください』って、私に預けていったんだ。」
瓶にはカードが添えられていた。
アイツらしい、のびのびとした筆跡でメッセージが書かれていた。
『君が以前気に入っていたこの酒を贈ります。
飲んでもいいけど、程々にしておけよ、強い酒だから。
そして、身体を大事にしてくれ。あんまり無茶はするなよ。
俺はそれが心配だ。』
自然と笑みがこぼれてきちまう。
アイツらしい、お節介なメッセージだ。
『ずっと、君が帰ってくるのを待っているから。
俺は、君を迎えに行くから。
だから俺のことも、信じて待っていてくれ。
約束する。
俺は、ずっとロベリア・カルリーニと共にあり続けると。
今この時でさえも、
同じ空の下に存在して、お互いに想っていれば一緒に居続けられる。
親愛なるロベリアへ
愛を込めて
大神一郎』
「それは、お前への差し入れ扱いだからな。お前が持っていて構わん」
「……」
気が付いたら、アタシは酒瓶を抱きしめる形で、カードを読んでいたらしい。
エビヤンに見られていることを思い出すと、少しばかり気恥ずかしくなった。
「……ありがとよ、エビヤン……」
「なぁに、私は善良な市民の差し入れを届けただけだ。」
エビヤンはくるりと背を向けると、そのまま歩き出して行っちまった。
隊長……
離れていても、アタシ達は一緒に居続けることができるのかい?
空は、トーキョーまで続いている。
想えば、気持ちを届けてくれるのだろうか?
だったら、隊長。
アタシはずっと祈ってる。
アンタが、アタシのことをずっと心配しているように。
アタシのことをずっと考えるように。
アタシを愛し続けるように。
待ち続けるように。
こうやって、変わっていくのも悪くない。
アンタだけのアタシに変われるんなら、いいかもしれない。
貰った酒を、ほんの一口だけ、アタシは口に含んだ。
辛いような、甘いような。
巴里では味わったことのない不思議な味。
……懐かしい味がした。
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