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アイツがトーキョーへ帰ってから、もうそろそろ一週間になる。
あいかわらず、アタシはここの鉄格子から空を見上げている。
アイツも、同じ空を見上げているんだろうか。

「……酒が飲みたい……」
ここに入ってからというもの、酒なんて飲めるわけがない。
だけど、アイツのことを考えると、無性に酒が飲みたくなる。
なんか、胸の辺りがムカムカくる。

アイツのことを忘れたいのか?
確かに、酒に溺れればその瞬間だけは、アイツを忘れられるかもしれない。
いや、そんな瞬間でもなお、アイツを忘れられるわけはない。

アイツはトーキョーに帰った。
アタシは、この巴里の空の下。

本当に、アイツは待っていてくれるのだろうか?
仮に、待っていなくても。
それはアイツのせいじゃないって判ってる。
信じていない訳じゃない。
でも……

……会いに行きたい。
こんなところ抜け出して会いに行きたい。

これはアタシのケジメだ。
綺麗な身体でアイツの所へ行く。
そう決めたばっかりじゃないか。

ああ、ホントにアタシはどうかしちまったよ。
……変わっちまった。

な、隊長?
人ってこんなに変われるモノだったんだな……



「ロベリア」
いきなり、鉄格子の外から声をかけられた。
見ると、エビヤンの奴が立っていた。
「何だよ? なんか用事か?」
アタシは面倒くさげに返事をした。
「いや、お前の様子を見に来たとき、丁度さっきの呟きが聞こえてな」
言うと、エビヤンは酒瓶をアタシの目の前に置いた。
「これを大神君から、トーキョーに帰ると伝えられたときに渡されてたのを忘れてたよ」
大きめのその瓶は、確かにアタシには見覚えがあった。
以前、アイツがトーキョーの上司から貰った大切な物だって言ってた、あの日本酒だった。
「それ……」
アタシの驚いた顔を見ると、エビヤンはそれをアタシに手渡した。
「『ロベリアのことだから、いつかお酒が飲みたいって言うことがあると思います。
そうしたら、これをあげてください』って、私に預けていったんだ。」

瓶にはカードが添えられていた。
アイツらしい、のびのびとした筆跡でメッセージが書かれていた。

『君が以前気に入っていたこの酒を贈ります。
飲んでもいいけど、程々にしておけよ、強い酒だから。
そして、身体を大事にしてくれ。あんまり無茶はするなよ。
俺はそれが心配だ。』

自然と笑みがこぼれてきちまう。
アイツらしい、お節介なメッセージだ。

『ずっと、君が帰ってくるのを待っているから。
俺は、君を迎えに行くから。
だから俺のことも、信じて待っていてくれ。
約束する。
俺は、ずっとロベリア・カルリーニと共にあり続けると。
今この時でさえも、
同じ空の下に存在して、お互いに想っていれば一緒に居続けられる。

親愛なるロベリアへ
愛を込めて

大神一郎』



「それは、お前への差し入れ扱いだからな。お前が持っていて構わん」
「……」
気が付いたら、アタシは酒瓶を抱きしめる形で、カードを読んでいたらしい。
エビヤンに見られていることを思い出すと、少しばかり気恥ずかしくなった。
「……ありがとよ、エビヤン……」
「なぁに、私は善良な市民の差し入れを届けただけだ。」
エビヤンはくるりと背を向けると、そのまま歩き出して行っちまった。

隊長……
離れていても、アタシ達は一緒に居続けることができるのかい?

空は、トーキョーまで続いている。
想えば、気持ちを届けてくれるのだろうか?

だったら、隊長。
アタシはずっと祈ってる。
アンタが、アタシのことをずっと心配しているように。
アタシのことをずっと考えるように。
アタシを愛し続けるように。
待ち続けるように。


こうやって、変わっていくのも悪くない。
アンタだけのアタシに変われるんなら、いいかもしれない。

 

 

貰った酒を、ほんの一口だけ、アタシは口に含んだ。
辛いような、甘いような。
巴里では味わったことのない不思議な味。
……懐かしい味がした。
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アタシの母親は、いつでも笑顔だった。
結構美人だったと思う。
酒場と花街で働いていた、人気のある娼婦だった。

幼いアタシは、そんなアイツが嫌いだった。

アイツはアタシに色々なことを教えた。
およそ子供が知ることも無いことを、もう、アタシは覚えきっていた。
アイツはアタシを一人の女として扱っていた。
子供としては、見ていなかった。

そんなアイツが、嫌いだった……

「ロベリア、あんたはあたしに似て美人になるよ。」
それがアイツの口癖だった。
いいながら、
自分の商売道具の紅をアタシに引いた。
優しい目をしながら、アタシの髪をなでるあいつ。
白くて大きなその手のひらが、アタシをいつだって捕らえて放さない。

わかってる。
アタシたち女が、どうすれば生きていけるかなんて。
アイツは、アイツなりにアタシのことを考えている。
アタシは、アイツに溺愛されていた。

いつでも、笑っていた。
アタシの前では。
客の前では。

バカだよな……
最後の最後まで、アイツは人前で泣かなかったんだ。

とある冬の寒い日に
アイツは、路地裏に転がってた。

なんで死んだのか、詳しいことはわからない。
ただ、貴族だか金持ちだかといざこざを起こして、殺されたらしい。
それを見てたやつらは、金で口を封じられた。

アタシは泣いた。
アタシは、アイツが嫌いなつもりだった。
でも……
アタシは、アイツが好きだったんだ。
救いようのないバカで、いつでも陽気で、苦労ばっか抱え込んでも笑ってて……
まっすぐな生き方をした、アイツが……
好きだったんだ。

お義理の言葉に形どおりの涙。
アイツのために本当に悲しむヤツはいなかった。
無関心。所詮は他人。
アイツは人気者だった。
でも、それは偽りだった。
誰一人、娼婦を人間として、見ていなかった。
汚らわしい女がやっと死んだぐらいにしか、思ってなかった。
アタシは感受性が強い子供だったんでね、アイツらの心が手にとるようにわかったよ。

そうしてアタシは一人になった。
残されたものは何も無い。
生きるためにはアイツに教わった方法しかわからない。

でも、その手段はどうしてもいやだった。
アタシは、あいつみたいになりたい反面、アイツのように無駄死にたくなかった。

『ロベリア、あたしが教えてきたことは、いずれはあんたの足しになるかもしれない。
……いや、足しにならないかもしれないね。あんたは聡い子だから。
あたしがこういう生き方をしている限り、いつ、あんたがひとりになるか解らない。
だからこれは、あんたが一人で生きていくための手段の一つとかんがえときな。
……あんたは、アタシと違う生き方ができるはずだから。
アンタには、自由な『翼』があるんだから』
死ぬほんの数週間前に、アイツがアタシにいった言葉だ。
……アタシにゃ、『翼』なんてものはない。
あるとしたら、アイツの方だろうっておもってた。
だってさ、アイツ、死んでもずっと笑ってた。
青白いドレスに包まれて、いつもアタシに引いてた紅つけて。
殺されても、なお笑っていられる。
そんなアイツこそ、翼がありそうだろ?


喧嘩に盗み、詐欺……
数えあげたらきりがねぇな。
生きるための手段を、アタシはアタシなりにあみ出したつもりだった。
あんな小さいなりでもアタシはもう、ワルだった。

ある時さ、警察に捕まったんだよ。
まだアタシはその頃はひよっこだったからね。へましちまったのさ。
身元保証人として、アタシを引き取りに来たのは、
アイツが働いてた店の主人だったよ。

……こいつが親切で助けてくれたとともうだろ?
アンタは本当にお人好しだね。
確かに、保護はされた、保証人になってな。
だけど、それはこいつの店の、働き手の女が欲しいからさ。
「あいつの娘だ。さぞかし稼いでくれるだろう」ってね。

……ハン、まだ娘ともいえない年のうちに、アタシは花街に立たされた。
そういう好みの野郎が沢山いるからね。
客には困らなかったさ……
アタシは、アイツと同じ道を望む望まずおかまいなしに進まされた。

結局、金が全てなんだよ。
生きるためには金が無くちゃ生きられない。
生きるための権利も、金で買わなきゃいけない。
……アタシにとって、金の価値なんてそんなもんだ。

でも……
金はあっても毎日毎日同じ生活。
アタシには耐えられなかった。

店の野郎には毎日乱暴されたさ。
抵抗したらすぐに拳でがつん、ってさ。
顔が無くなるぐらい殴られたことだってあるぜ。

アタシはもうぼろぼろだった。

いつだったかな。
いつものごとくやられてる最中に、なんかがプツンと切れた、アタシの中でさ。

気がついたら店は全壊、あの野郎もオダブツでな。
無意識で霊力使ってたみたいで、周りでアタシを見てた奴等はこういった。
「悪魔」とね。


ははは、笑っちまうだろ?
アタシにあんだけ乱暴した野郎のほうがよっぽど悪魔だ。

他人に依存なんてできない。
アタシの母親のように、人と交わって生きるなんてアタシは出来ない。
だから、「悪魔」と呼ばれて、嫌われるほうがいい。

だから、アタシは人を信じない。
今までも、これからだってそうだ。
利用される前に、こっちが利用してやる。
それが、アタシの生き方だ。
そういう生き方しかできない。
毎日毎日おなじような生活。
結局さ、アタシは、あのときとおんなじことをくり返してる。
もう、抗うのにもあきた。

生きるために犯してきた罪がかせになる。
心を重くする。

生きていたいのか、死にたいのか。
だんだん解らなくなってくる。
確かに、昔は生きていたいと思った。
死んだらおしまいだもんな。

でも、死んだほうがマシな毎日を、アタシは生きた。
生きてたって死んでたって、あんまし変わらない。
空白の毎日だ。
アタシには、『翼』はない。
天使には、なれないんだ……

7.th 軌跡、そして……~Memory of strange time~

ひとりぼっちになった僕。
僕のせいでみんな居なくなってしまった。
テティも、フィリーナ姫も、
僕には優しかったから
僕のせいで消えてはいやだから、
どこかへ行ってって言ったけど
二人はずっと一緒にいますって言ってた。
二人とも、僕が怖くって、
離れたら何されるかわかんないからって、
一緒にいるのかなって、
悲しくなった。

何日かして、
僕は思いだした。

確かおばあさまが言っていた。
こんな災いしか呼ばない石でも、
一つだけ、すばらしい魔法が使えるって。


おばあさまが言っていた方法は、

ほかの石を使う方法だった。
でも、僕は幸せになりたかったんだ。

そうしたら、
テティが僕に石をくれた。

これが、癒しの涙ですよって。


お母さんの所へ行きたかったんだ。
お母さんと一緒なら、幸せになれると思ったんだ。

だから。
辛かったけれど、ここまでこれた。
何年もかかった。

昔の約束も、忘れた。
だって、今の僕には、
約束なんて守れやしないから。


でも、迎えに行ってしまった。
聖なる心が必要だったから。

すぐに彼女だとわたった。
もう、十六くらいになるメイプルは
とても生き生きしてて、
きらきら輝いていて、
とても綺麗だった。

僕とは正反対で、
ちょっと妬ましく思えた。
ちょっとうらやましく思えた
そして、更に彼女を好きになった。

彼女を家に連れてきたとき、
僕のことをすっかり忘れていた。

悲しかった。
彼女さえも、僕を覚えていてくれないのか。

でも、約束は果たせた。
一緒に食事をして、
散歩をして、
会話して。

でも、
彼女は僕から逃げてしまった。
抱きしめた腕から、逃げ出してしまった。

もしかしたら、
彼女の中に僕の幸せが
あるような気がしたけど、
やっぱり、お母さんの中にしか、
幸せがないのかも知れない。

「一人じゃないよ、ちーちゃん。」

諦めたその時に、
メイプルが手を差し伸べて言った。
フィリーナ姫が、僕を抱きしめて言った。

「周りをご覧よ、一人じゃないよ。
貴方には、貴方を愛してくれる人たちが
いるじゃない。」

その瞬間、
僕の世界が光に包まれた。

そうして、
何も見えなくなった。

 

チハヤ様はずっと一人だった、
オレが居ても、一人だった。

昔からそうだった。
自分一人で全てを抱え込もうとしていた。

でも、メイプルは違った。

あいつが居ると、
チハヤ様は、とたんに表情が豊かになる。

怒ったり、いらいらしたり。

あんまりいい感情じゃないけど、
でも、出さないよりはましだろう?

フィリーナ様だってそうだったし、

何より、オレだってそうだ。

オレだって、あいつが居るとペースが狂うんだ。

本当にあいつは、
聖なる心そのものなのかも知れないな。

あいつに焦がれる人に、
幸せを与える、不思議な宝石。

チハヤ様だけじゃなく、オレも惹かれている。

昔合ったあのときから。

あの、
海のような蒼く澄んだ瞳を見てから。

 

私は、自分では変わったと思う。

王宮で鍛えた社交術も、ダンスも、お作法も、
何にも、意味のない物だとわかったから。

やがては、自分と見合う身分のチハヤ様と、
結婚する物だと思っていた。

でも、彼を好きになって、気がついた。

こんな、心がないチハヤ様と、
結婚して良いのかって。
私は、あの人の心も、欲しくなった。

メイカと知り合って、気がついた。

人生、そんな物じゃないって。
望めば、入ってくる物でもないし、
生きている内に、
大事な物は自然と見つかる物だって。

だから、私は見つけたい。

私が、存在する意味を。
私の大事な何かを。

 

私はメイカ

人形師

おっちょこちょいだけど、めげずに明るい。

私の名前の由来。

母さんが付けてくれた名前。

だけど、

一番の意味は

未来を切り開き、生み出す者

って意味なのかも知れない。

 

 今日は、良い風の引く、晴れだ。
 旅に出るには絶好の日。

 あの後、気がつくと、何もなかったかのように、私たちは広間に立っていた。
 ……ラファエルは……居ない……。
 
 私は、デザイア様の言ったとおり、南の国へ行くことにした。
 だって、こんな別れは悲しすぎる。
 これから先、幸せに生きていきたいから、彼女と。

 カノン母さんに、事情を説明すると、微笑んで、せめて継承式だけでも、と言った。
 私の記憶の封印は、私の誕生日に、継承とともに解けるはずだったらしい。
 私は、継承してから行くことにした。
 それが、おばあちゃんやガブリエラの望みだろうから。

 長かった継承式が終わり、私は早速旅立つ準備をした。旅路は、簡単な物じゃない。かなり遠い。準備は万全にしとかないとね。

 ガネットに、二人を迎えに行ったとき、屋敷でまず出迎えてくれたのは、フィラだった。
 「やっぱり、行くんですね」
 彼女は、少し寂しそうに言う。
 「うん。」
 私は微笑んで、そう返した。
「ラウカ・タッツ。神々の国……」
 ラウカ・タッツ。南の国の正式名称。
 どこにあるか、正確な地図はない。不思議な力を持つ人々が居る国。私たちの先祖の国。
「デザイア様の言っていたとおり、南の修僧士に頼んでみる。」
 「あの子が、そんなに大事なんですね。」
 静かに笑うフィラ。
 「うん、私の親友の一人だもん。」
 「親友、ですか。うらやましいわ。」
 私は、この子が、ホントに可愛く思えた。
 「心配しなくても、フィリーナ様は私の親友ですよ。」
 茶化してこう言うと、フィラは楽しそうに、
 「『フィラ』で良いですよ。」
 と、言った。
 
 彼女は、これから、この屋敷を守って行かねばならない。なぜなら、チハヤの婚約者だし、何より……彼の一番の理解者だから。
 チハヤは、私に責任を感じて、一緒に行ってくれるのだ。何度、仕方がなかったと言っても聞いてくれなかった。

 フィラと挨拶をしていると、遠くで声がした。チハヤだ。私は手を振り、彼はこちらに駆けてくる。その手には荷物を持って。
 ちーちゃんとは、もう言ってはいけない。第一似合わないし。
 「……本当に済まない事をした。メイプルの親友を、私が……」
 お、チハヤはメイプルって呼んでくれるんだ。
 それに、昔、家に来たときの雰囲気に戻ってる。
 あのときの優しいチハヤだ。
 「反省してるならいいよ。それに、まだ死んだと決まった訳じゃないもの。」
 「そうだな。……修僧士なら、きっと何とかしてくれる。」
 「俺達も一緒に行くしな。」
 いきなり肩に腕が回され、耳元で声がしたので見ると、テティがいつの間にか、私の後に立っていた。
 「いっいきなりそんな事しないでよ、びっくりするじゃない!しかも腕重いし。」
 「悪い悪い、いい高さにあるもんでな。」
 必死でもがく私を、面白そうに抱えて離さない、テティ。
 「ま、お前は俺の子分なんだからな。」
 「子供の頃のことでしょ!」
 私が、そう否定しようとすると、不意に、テティが真面目な顔で呟く。
 「……この十年。俺は、その約束を忘れないで、楽
しみにしてたのに……」
 「えっ……」
 「お前は、どんな理由にせよ、あの約束、忘れちまったんだよなあ……」
 そのまま、私の肩に額をこつんと付ける。
 表情は解らない。
 「や……やだ、ごめん。傷つけたんなら謝るから。……」
 私は焦って肩の上の頭を撫でながらその事をフォローする。それでも、テティは顔を上げる様子もない。
 えぇーっコイツがそんなに傷ついてたなんてぇ!
 「解った、うん。約束守るから、ホント、子分になってあげてもいいから。……だから、機嫌直してよ、ね。」
 私が焦ってテティの方を向いた途端、いきなりテティは顔を上げて、……事もあろうに。
 私の唇に、唇を押し当てた。
 「!」
 「じゃあ、これが契約の証。あ、大丈夫、ちゃんと魔力こもってるから、破ることはないからな。」
 こ……コイツ……
 ああっ私のファーストキスが、こんな所で、目の前に人が居てそんでもって、魔法の材料(しかも不本意)にされてしまうなんてぇ!
 あまりにも恥ずかしくって、怒る気も失せ、かっくりと頭を擡げる私。
 「ん?何だがっかりして。大人のキスの方が良かったか?」
 「いやーっお願いだからもうやめてーっおよめにいけなーいっばかこのへんたーいっひきょうものーっ」
 耳をふさぎながら、私はもう何がなんだか解らなかった。
 もう……勘弁してよ……
 「ま、嫁に行けなくっても、俺が面倒見てやるから。」
 ……誰のせいだと思ってるのよ。
 そんな様子を見てか、フィラとチハヤが笑う。
 ……ホントにお似合いだ。ちょっぴしメイプルとしては寂しいかな。でも、フィラだったら、私の役目が立派に果たせると思う。時には優しく、時には厳しく、彼とやっていけると思う。……うらやましい。ああ、私も、チハヤみたいな繊細な、守ってあげたくなるような彼氏が欲しー。
 「……なーに寂しそうな顔してんだよ。」
 ふん、別にテティにゃ関係ないでしょ。……って、心なしか、テティの腕に、力がこもったような気がす
る……
 何か、自分の心が見透かされたような気がして、私はぱっと身を離す。
 「とっ……ところでさあ、ホントに、いいの、二人につき合わせちゃってさ。」
 そう、三人で修僧士の所へ行くのだ。
 三人の末裔が、もう一人の仲間に会いに行くのだ。
 「今更言うな、もう、決めたんだからな。」
 「今度は、俺達がお前を助ける番だろ?」
 ……二人とも、ありがと。
 声に出すのがなんだか恥ずかしくて、私は心の中でそっと言った。
 「会えるかな、修僧士さんに。」
 「会えなきゃまずいんだろ、ラファエルのためにも。」
 「きっと会えるさ。メイプルが、諦めさえしなければ。」
 二人の言葉が、何とも言えず、うれしかった。
 「うん。」

 「ほら、さっさといくぞ!」
 出発の時間だ。
 テティに手を引かれ、私は駆け出す。
 耳のイヤリングがシャラシャラと乾いた音を立てて、鳴る。
 あの、エルにもらったイヤリングだ。
 「ラファエルが戻ったら、今度は五人で遊びに行きたいな。」
 チハヤが静かに呟く。
 私は笑った。
 うん、そうなったらいいな。私もそう思う。
 テティも、笑った。
 十年前に戻ったみたいだ、って言った。
 なんだか、急に走りたくなって、急いで行きたくなって、私は駆け出した。

 「次の街まで競争!」
 実は、足には自信があるんだ。一番先についてやる!南を、目指して。

 「やれやれ、やっぱり子供だよな。」
 「さあ、私たちも行こうか、お姫さまの元へ。」
 「チハヤ様、メイプルのことは任せてください。もう、チハヤ様はいい人居るんですからね。」
 「さあ。でも彼女は、まだ私の方に脈があると思うけれど。」
 「へ?何ですかそれ?」


 後からチハヤが走ってくる。
 テティがそれを追って何か叫んでくるが、何を言ってるか解らない。
 もちろん、さっき遠くでしていた彼らの会話の内容も解らない。
 人が聞いてないからって悪口言ってんだろうか。

 でも、ま、いいか。
 私は深く考えるのをやめた。
 だって、私の二人の騎士様は、これからはきっと私を守ってくれるから。

 そう、きっと、あの頃のように……

 


三人の師の子供達は頑張って南を目指しました。

神様の国へ、大好きな友達を助けるために

三人は修士様に会えたのでしょうか

それは……

 

DESIRE!-----→END?

 6.th 奇跡~Goddess Desire come in to Ganette~

 人間、そうそう悪いこと(?)は出来ない。
 間の悪いときに、間の悪い人が来てしまった。
 「エル?」
 私は思わず叫んでしまった。
 「どうしてここにいるの?来ちゃいけないって言ったじゃない!」
 「メイ……カ様……」
 すまなそうな目でこっちを向くエル。
 「ちょっと、テティ!あんた、また性懲りもなくそーゆーことするわけ?大体あんた、ちっちゃい頃からそういうことしてばっかじゃない。」
 私はそいつを指さしながら近づいていった。
 「お、お前、記憶が戻ったのか?」
 妙に驚き、私に詰め寄るテティ。
 私はそんな彼をにっこり笑いつつ、どついてみる。
 「久しぶりねえ、テティ。」
 「もう、結構前から顔あわせてたんだけどなあ。」
 ははははは、と二人で血管浮き出させながら笑う。
 私は、ぐいっとテティのローブの胸ぐらひっつかんで引っぱった。
 「私が聖なる心になるからいいのよ!早くあの子を逃がしなさいよ!」
 テティはそれに対抗してか、私のほっぺたを両手でつかんで左右に伸ばした。はっきし言って痛い。
 「仕方ねえだろ、こっちはお前のこと心配だったんだし、それにっ……」
 それに、だとぉ。まだ何かあるのか?
 こ、こいつぅ……
 私の意識がないうちに、また元に戻りやがったなぁ。
 「あの、メイカ様?」
 「今、そんなことをやってて、良いのですか……?」
 さっきからの私たちのやりとりに、あきれて言葉が出なかったのか、やっとの事で私たちに話しかけるエル。その向こうでは、あきれた顔のチハヤが、フィラが立っている。
 はっ!気づかないうちに二人の世界に入ってしまった!ヤな世界だけど。

 「ご、ごめんなさいエル、フィラ……」
 「すみません、チハヤ様、フィリーナ様。」

 お互いの相手に同時に謝る私たち。

 さっきの騒がしかったことが一段落すると、エルがすまなそうに語り始めた。
 「私から頼んで連れてきてもらったのです。テティ様が悪い訳じゃないんです、メイカ様。」
 さっきは気がつかなかったけど、エルの私に対する呼び方が元に戻っている。
 「エル、どうしたの?」
 何かあったのだろうか。
 「メイカ様、テティ様に聞いたのですけれど、私の代わりに消えてしまうって言うのは本当ですか?」
 あ。
 私とチハヤ、フィラはほぼ同時にテティの方を向いた。
 「テティ!」
 「テティウス様!」
 三人の声が重なる。
 「もしかしたらって言ったんだよオレは……悪かったよ、確かに。でも、言っといた方がいいと思ったんだよ。お前の考えそうなことだからな。」
 テティは外を向いてこう答える。
 「メイカ様、私の問いに答えてください!」
 エルが、いつもにない表情で私のことを睨む。
 まるで、私が悪戯したときのガブリエラ母さんのように。
 「……そうよ……」
 私は答えた。
 エルに嘘は、つけない。
 ついたって良いけど、絶対疑ってかかるし。
 「あなたのことだから、そんなことだろうと思いました。」
 うわ、まだ怒ってる。
 でも、私は十六年生きた。でも、エルは数週間しか生きてない。だから、私の命のバトンを、彼女に託したい。だから、これでいいと思う。私は、そのことについては謝る気はない。
 「メイカ様。私は感謝して居るんですよ。私を作られたこと、そして、私を思って逃げてくださったこと、私を親友と呼んでくださったこと。でも、私にその恩を返させないうちに、また恩を上乗せするんですか?」
 「恩なんて思わなくっていいのよ。私が勝手にやっ
てることなんだから。」
 何か、エルと、喧嘩腰になってきてしまった。最後の最後で喧嘩はちょっといやだ。
 「メイカ様、私は、もう十分幸せをいただきました。人になれたし、メイカ様と一緒に泣いたり笑ったり出来たし、お友達まで出来ました。思い残す事なんて無いんです。元々、居なかった人間なんですし。」
 優しい声で、私に言い聞かせるエル。
 彼女も、喧嘩別れはいやだと思ったのか。
 でも、彼女は、自分が犠牲になるつもりで話している。
 「エル、これから先に、もっと楽しいことがあるんだから、こんな所で死んじゃいけない!私はあなたより何十倍も長く生きてるんだから、気にしなくっていいんだからね!」
 私は、こう言った。
 彼女に、そんなこと言ったって意味がないことは重々承知している。
 でも、この子に、未来をあげたいのだ。

 人形。

 ときにそれは、人を楽しませるために、
 ときにそれは、人の役に立つために。

 そんな彼女に、夢を見せてあげたい。

 私は無言で、エルの元へ行き、首に掛けられたペンダントを取ると、広間の中央に設置された祭壇へ行った。そこには、もうすでに石が並んでいた。
 「メイカ様!」
 もう遅い。
 祭壇に描かれた魔法陣が輝きだし、私と石は光に包まれた。

 と。
 エルがこちらに走ってきた。
 そして、私の手からペンダントを取ると、
 私を突き飛ばして、魔法陣の真ん中に座った。

 「メイ、私は、幸せでした。思い残すことは本当にないんです。大好きなあなたと、一緒に過ごした毎日を、私は、どうなっても忘れたりは出来ない。」

 「エル!」
 私は、魔法陣の中へ戻ろうとした。
 でも、テティとチハヤに止められた。
 「もう無理だ!もしお前があの中に入ったとしても、あの子を助けることは出来ない!二人して混沌の中に行きたいか!」
 「放して、放してよぉ!エルぅ!!」
 私は少しでも魔法陣に近づこうと手を伸ばしたが、全然届かない。悔しくて、涙が出てくる。
 そのあまりの光景に立ちすくむフィラ。
 だんだん強くなっていく光。
 消えていくエルの姿。
 そして、

 「ありがとう、メイ。私の大好きな友達……。」

 光の中から最後に、彼女から発せられた声だった。

 「……………………っ」
 私は、もう、声にならない叫びを上げた。
 そして、私の中で、何かが、壊れた。

 光は更に強くなり、辺りも見えないほどだった。
 私は、何も考えられなくなった。
 目を閉じた。

 

 しばらくすると、光が収まり、暖かい気配が前方に広がった。
 風、その方向から緩やかな風が渦巻いてくる。そして、人の形を形成し始めたようだった。

 「私は、南の国の修僧士に作られしデザイア。過去の盟約に基づき、石の後継者の願いを叶えるため、ここに具現せし者。」
 目を開けると、そこには白銀の髪の美人の女神様が私たちの前に降りたところだった。
 「さあ、石の後継者。一つずつ願いを。」
 静かに、恭しく、女神様がこう言うと、しばらく間をおいて、チハヤは言った。
 「母の元へ、私を連れていってくれ。」

 デザイア様に願っても、かなえた願いは消えてしまう。その願いが昇華するだけだから。お母さんは帰ってこない。それだったら、お母さんの元へ行けば幸せになれる。そう思ったのだろうか。

 私は、気がついたら、彼に平手打ちをかましていた。

 テティも、フィラも、そして私自身も、それは信じられない行為だったと思う。でも……
 「あんたは馬鹿?そんなことのために私やあの子が命を懸けさせられていたの……?」
 なんだか、急にいらいらしてきた。
 私自身に向けられていた物が、チハヤにもかかってしまった。
 「そんな願いなんてくだらないじゃない。それだったら、勝手に自殺すればいいじゃない!」
 そう言う物じゃ無いというのは解ってる。
 ただ、チハヤは眠りたいだけ。永遠に、お母さんの思い出の中で。
 「そんな物のために、エルは、私の身代わりで死んだの?」
 彼にとっては重要な、今まで頑張って生きてた理由。
 「そんな物だと!」
 怒るのは無理ない。
 「私は、このためだけに生きてきたんだ、ほかには何も望まない。思い出の中で生きたいんだ。」
 「つまりは死にたいって事なんでしょ。」
 テティは、こちらから目を背けている。
 解っていたが、やっぱり辛いといったところか。
 フィラも、どうしたらいいかわからない顔をしている。心配そうな顔だ。

 「死ぬぐらいだったら生きればいいじゃない。」
 私は、言った。
 エルが私のためにくれた命。
 嘆いて後を追うなんてばからしい。
 精一杯、エルの分まで生きなくちゃいけない。

 ガブリエラは、私の元を離れる時、こう言い残した。
 「……生きると言うことは、生き物にしかない。私が人形だったときには、壊れることはあっても、死という世界はなかったわ。私たちにとって、ここに存在すると言うことは当たり前のことすぎて、とても単調なことだった。当たり前よね、半永久的に動く続けるんですもの。でも、人間は、存在する期間が限られているからこそ、生きるのに精一杯なのよね……」

 おばあちゃんのお葬式。
 私はカノン母さんにこう言われた。
 「おばあちゃんはお母さん以外、子供が全員自分より早く死んでしまって辛かったけれど、精一杯生きたわ。メイカちゃんも、おばあちゃんに負けないように、頑張って生きようね。」
 お父さんのお葬式。
 封印された記憶の中の、辛い思い出。
 ガブリエラ母さんが言った。
 「人は、いつかは死んでしまうものなの。でも、そうした命があるから、辛いことや楽しいことがあるの。お父さんは、自分に出来る精一杯の生き方をした、すごい人なのよ。」

 生きる、と言うこと。
 それは平坦な物じゃない。
 死ぬのは、そこから道が広がらない。ずっとその場に居続けて、辛い思いをしなくていい。でもそれだけ。ただ広がる無の空間に、結局の所、ひとりぼっちで居続けるだけだ。
 「苦しいからこそ、辛いからこそ、すばらしいこと、楽しいことがある。思い出の中に居続けても、幸せになんかなれない。本当の幸せは、自分でつかむ物だから。」
 人形師、と言う職業は、
 仮初めだけれど、命を作る職業だ。
 命の尊さ、それを、私はおばあちゃんに教わった。

 「頑張って生きて、人から愛される人になる。それを今度は目標にして、生きてはいけないの?」

 「………………」

 チハヤは黙ったまま。
 テティは、こちらに近づいてきて、チハヤを見つめていた。

 「最後の約束、忘れちゃった?」
 「最後の約束?」
 チハヤに約束した後、私は彼にこういった。

 『もし、ちーちゃんが寂しいときには、あたし、一緒にいたげるね。』

 「迎えに来たんだよ、寂しいちーちゃんを。」
 私は、膝を落とし、俯いたままのチハヤの手を、そっと握りしめた。

 でも。
 チハヤは顔を上げない。

 「……チハヤ様?」
 不意に声がして、私は振り返った。
 フィラが、あの、呆然としていたフィラが、やっと、我に返ったのか、チハヤに歩み寄ってくる。
 「私は、過去に貴方に、どんなことがあったかを、噂話でしか、知りませんでした。メイカの過去を知る上で、貴方の過去のことを書類で調べたり、テティウス様に語っていただいたり、色々致しましたけれど、けれど、やはり、私はこの件では部外者でした。
 ……それでも、部外者の私でも、これだけはわかります。チハヤ様、貴方は間違いを三つ犯しましたわ。一つは、願いをそのような物に託すこと。二つ目は、貴方の大切な人の、大事な友達を失わせてしまったこと。」
 私は、立ち上がり、そしてフィラを見つめた。
 その瞳には、涙が溜まっていた。それは、溢れて、頬に銀の弧を描く。
 彼女はそれに構わずに、チハヤの傍らにしゃがみこむ。彼の瞳の所在を追って、顔を見上げて。
 「……三つ目は、貴方は、私たちを見ていないことです。こんなに、貴方を愛しているのに、それを信じないでいることです……!」
 彼女は子供をあやす母親のように、彼を抱きしめた。
 その姿は、一枚の絵のようで、私は見とれる。
 「私は、みんなで仲良く生きていくことは、石の力を借りなくても、出来たと思います。だって、みんな本当にいい人で、私も、彼らが好きだから。だから辛いんです。チハヤ様が、それらを手放そうとする、姿が。あまりにも痛々しくて……」
 止めどなく流れる涙を、拭おうとは、しない。
 彼女はなんて大らかな心で、彼を叱れるのだろう。私は励ますぐらいしかできないのに。憧れてしまう。
 私は、まだまだ、子供なのかも知れない。そして、チハヤの心の拠り所は、彼に一番必要なのは、もう、子供の頃の私じゃなく、この少女なんだと、私は確信した。
 ……これでまだ、こーんな風にふてくされてたら、怒るぞ、あたしゃ、本当に!
 
 「あの、お取り込み中悪いんだけど、さっさと願いを言ってくれないかなあ。」
 後から声がする。
 すっかり忘れ去られていたデザイア様。
 あははは……御免なさいね。

 「私は、……もう、いい。」
 フィラのやさしい腕に抱かれながら、チハヤの瞳は虚空を見つめてる。
 少し、考えているようだった。
 テティはそんなチハヤを見つめていたけれど、
 「癒しの涙を継ぎし物、貴方の願いは?」
と、女神様に問われると、少し悩んでいたけれど、
 「……チハヤ様が言わないんなら……」
と願いを言わなかった。
 そして、女神様が、私の方を向いて、訊ねてきた。
 「聖なる心を継ぎし物、貴方の願いは?」
 私は、ラファエルを返して欲しい、と言った。
 だって、こうしてほかの人たち、願いを叶えないんだし、元通りに帰ってくると思う。
 もしかしたら、そう言う希望があった。
 でも、答えは希望していた物とは違った。
 「それは出来ないわ。」
 私の驚いて、そして悲しげな顔を見ながら、彼女は続けた。
 「私には、確かに願いを叶える力はあるけど、これを発動するために混沌へ言った物は戻せないわ。」
 デザイア様を呼んだことで、この術は発動している、
と言うことだ。はあ、じゃあ、あの子はやっぱり帰ってこないんだ……

 突然、何かが落ちる音がした。
 チハヤがフィラの腕の中で気を失っている。
緊張の糸が切れたのか、とっても優しそうな顔で眠っている。
 私は、女神様に言った。
 「あの子をよみがえらせるには、どうすれば良いんですか?」
 一分の希望も、無いのだろうか?

 女神様は少し考えていった。
 「私を作った南の修僧士に頼めば、もしかしたらどうにかなるかも知れないわね。なんて言ったって、作った一族そのものだから。」
 「南の修僧士。」
 私は繰り返していった。
 私たちのほかの、もう一人の師。
 「まあ、確証はないけれど、何かしらのヒントは得られるはずよ。」
 女神様はそう言う。
 確かに、作った本人の末裔ならば、何か知ってるかも知れない。

 私は決めた。
 南の国に行くことに。
 そして、エルを取り戻す。

 「では、また、願いを叶えるときに呼んでね。あなた達にはまだ願いが残っているから。呼ぶのは簡単、石を手に持って念じるだけだから。」
 そんな意気込んでる私を見た女神様はそう言うと、すっと消えていった。

 「………………」

 私とテティ、そしてフィラは、今まで女神様が居た虚空を見つめていた。
 「結局、願いを叶えなかったね。」
 「ああ。」
 

 デザイア様が消えた後。
いきなり、辺りが強い光に包まれた。
私達はその中で、ただ立ちつくすしかなかった。
そして……

5.th 悲しい願望~Meika pity him~

 「作戦変更。私、チハヤの所へ行って来ます。」
 目覚めて一番最初に発した言葉。

 私はフィラによって、ベッドに運ばれていた。心配そうな顔で彼女は私を見守っていてくれた。
 「大丈夫ですか?メイカ。急に目の前で倒れてしまうんですもの。すごく心配したんですよ。」
 その彼女に対する答えが最初に言った一言。

 彼女は驚いた。
 まあ、当たり前だよなあ。半日眠っていて、起きたかと思うと、いきなりこーだもんな。
 「いきなりどうしたんですか、まさか変な食べ物にでも当たりました?どこかに頭を強くぶつけてしまったとか?」

 ……そ、そこまで言わんでも……

 気を取り直して、私はもう一度言った。


 「チハヤの所に行って来ます。」
 まだ呆気にとられてるフィラを後目に、私は夢で思い出した事を言った。

 チハヤとテティに会ってることと、私のお母さんは人形だって事。そして、自分も……。約束に事は伏せとく、恥ずかしいし。

 「私は、人間でも、人形でもない。『聖なる心』の力によって生きている存在。」
 「だから、自分が一番聖なる心に近い存在だと言うのですか?」 
 フィラは信じられないような顔で私を見る。ふつう、「私、人間じゃないのc」なーんて言ったって信用できるわけないわなぁ。
 「でも、本当にそうだから。」
 そう、紛れもない事実。
 そんな存在でいることがいやな訳じゃない。
 人形と人間。
 聖なる心によって結ばれる恋。存在を越えて愛し合える絆。私はすごいと思う。だって私も、それを信じ
たいから。
 だから。
 「私はチハヤの所に行って来る。それで、説得してみる。」
 フィラは少し考え、そして、私の目を見て言った。
 「……わかりました。私も行きます。」
 「フィラは、来なくったっていいよ。迷惑掛けられないし。」
 首を振る私を制して、彼女はこう続けた。
 「私も、行きたいのです。この結末が、どうなるのか、見届けたいのです。」

 「まさか、貴方達の方から来るとは思いませんでしたよ。」
 「チハヤ様……。」
 フィラが、申し訳なさそうに彼を見つめる。
 最初に私がいやな奴って印象を受けたその時と、変わらない態度。でも、今なら解る。それは自分を殺した態度だって。
 「約束守ってくれてたんだね、ちーちゃん。」
 精一杯の笑顔を彼に向け、私はそう言った。

 チハヤが私にした約束。
 偉くなったら一緒に僕と居て欲しい。
 確かに、一緒に生活してた。一緒に食事とかしてたし、気分転換だと、散歩も一緒にしたし。
 一番最初の意外な顔は、私が約束を忘れていたから。
 「思い出したんですか。」
 チハヤがわずかに動揺した。
 「うん。聖なる心のせいで思い出封印されてたけど、これは忘れてはいけないことだったわね。ごめんね、ちーちゃん。」
 今更何を、と言う顔のちーちゃんことチハヤの顔。
うーん、やっぱし許しちゃくれないかぁ。
 それに、なんかちーちゃん、ちーちゃん言ってても、恥ずかしい気がする。フィラも、なんだか複雑そうな顔してるし。
 「メイカさん、あの人形はどうしたのですか?」
 そんな私を見かねてか、チハヤが単刀直入に言う。
 お?いきなし本題にはいるか?
 うーん、私の約束の話も、まだ残っているけど、とりあえずは、こちらの方が先決かな。だって、まずはこの状況をどうにかしないと……。
 私は、そう思ってこう答えた。
 「いないわ。私は話し合いをしに来ただけ。」
 「話し合い、ですか?」
 「そう、話し合いよ。」
 私は、たたみかけるように言葉をつなげる。
 「随分昔に、私はガブリエラの……人形の娘だって言ったけど、貴方は信じていた?」
 ぴく。
 チハヤが少し反応した。
 かまわず、私は続ける。
 「あれは本当の話。私の中に流れる血は、聖なる心の副産物よ。」
 私の何代も前のご先祖様から、人形と人間の愛の結晶は生まれている。
 と、いうことは、私の血には、その人間になった人形の血が凝縮されているわけだ。おばあちゃんとおじいちゃんは従兄弟同士で結婚したから、余計にこいだろう。その上に、また、私のお母さんが人形だ。
 つまり、言い換えると、私は奇跡の申し子、願いの固まり、歩く聖なる心、というわけ。
 「つまり、あの人形じゃなくて、自分を使えと、そう言うことですか。」
 有り体に言えば、そーゆーことになる。
 私を使えば、聖なる心の奇跡の力を全部使わなくって済むかも知れない。人形三体分に使われた力。どれか一つ欠けたら、私の存在は弱くなるかも知れないけど、でも、消えることはない……と思う、多分。
 「寂しいから、家族が欲しいって願いだったら、絶対かなえられると思うよ。」
 無論、私を拉致なんかしないでも、理由を説明してくれたら一緒に暮らすぐらいしてあげたし。それくらいだったら命賭けなくっても良かったんだし。その上、よく考えたらフィラもいるじゃない。こんなに想ってくれる子を、よくも忘れられるもんよねぇ。
 まあ、肝心のフィラは、真剣な面持ちで成り行きを見守ってるけどさ。
 「………………」
 フィラに向いていた視線を、チハヤに移すと、彼は黙ったまま俯いていた。
 「ねえ、チハヤ……何でこんなことするの?」
 エルを特別な人形……人間にする理由は、多分、石の力を確認したかったから。
 でも、何のために?
 「デザイアの物語。三編のほかに、もう一つこんな話があることを貴方はご存じですか?」
 沈黙が続いた後、チハヤが静かに語り始めた。
 「昔々、人形師と手品師、黒騎士の子供達が、初めて一堂に会しました。子供達は、それぞれの家に伝わる石を持って、西の手品師の家へ集まったのです。
 みんなが仲良く話していたその時、三人の持っていた石が輝きだし、一人の女神様が現れました。」
 チハヤがそこまで語ると、フィラが、思い出したように、その後を紡ぎだした。
 「女神様はデザイアと名乗り、こう言いました。
 『三人が争わず仲良くしているご褒美に、それぞれに一つだけ、何の代償も無しに何でも願いを叶えてあげましょう。ただし、今掛けられている願いは消え、石は使えなくなりますよ。』と。」
 「……『デザイア』の女神様の章。」
 「………………」
 チハヤとフィラが語った物語。それは、私たちには語られることがなかったものだ。
 「私のおばあさまが……南の修僧士の孫の祖母が語ってくれた物です。」
 「ええ、私もお聞きしました。……確かに、幼いときに、一度だけ……」
 フィラが、私の方を見て、自分を責めるかのように俯く。多分、自分が忘れていたことを、悔いているのだろう。私は、そんな彼女に、微笑んで、首を振るしかなかった。
 南の修僧士。神の国に住む人。
 「………………」
 信憑性のある、話。
 掛けられた物であれ、まだ使ってない物であれ、『願い』が『神の力』に昇華する。
 もし、これを私の血に掛けられた願いでやると、私のお母さんであるガブリエラに掛けられた願いが消える。つまり、ガブリエラは存在しない人となり、私も、必然的に存在が消える。
 「これで解ったでしょう?ですから、あの人形が必要なんです。」
 私は、なぜか動じなかった。不思議と、落ち着いているのだ。
 「チハヤ、一つ聞いていい?」
 「何ですか?」
 「もし、これであの子を出して、デザイア様への願いでまた、人間にしてくださいって頼んだら、あの子は帰ってくる?」
 一応、聞いてみた素朴な疑問。
 「おそらく、それは無理だろう。書物を調べたら、その願いのこもった物は、混沌へ運ばれて、願いと、そうでないものに分解吸収されるらしい。」
 と、言うことは、あの子も消えてしまう。
 「さあ、あの人形を渡していただきましょうか?」
 エルを、私の身代わりになんて出来ない。
 私の大切な子。絶対に死なせるものですか!
 私は首を横に振った。
 「私を使っていいわ。さぞかし強力な願いが叶えられるでしょう。」
 「メイカ!」
 フィラが叫ぶ。
 でも、私は怯まなかった。
 私は考えたのよ。
 聖なる心の願いとして、私の存在が願いに昇華するのであれば、命を彼女と共有したままに出来る。と言うか、私とエルの存在を逆に出来るかも知れない。
 エルが人間、私が人形。
 中身的には、私もエルも変わらないわけだし。何しろ人間にしたときに、私の血を使ったわけだから、同一人物と言ったって過言じゃない。
 チハヤに、デザイア様への私の願いとして、エルを人形師の子供にして、と頼んでもらえればいい。
 そうすれば、あの子は消えずに済む。
 私は、自分のために誰かが犠牲になるなんていやだ。
 他の人のためにって自分を犠牲にするのもいやだ。
 でも、こればっかりは私のポリシーを曲げなっきゃいけない。
 そう、最初で最後の私の我が儘になるんだから。
 チハヤはとまどっていたが、関係ない。
 人間不信で、それで自分勝手になって、元々の自分を殺しちゃったこいつには、私が犠牲になるなんて思っても見なかっただろうけど。
 人は、こういうことも出来るんだって事、見せつけてやる。
 そして、このことを一生後悔して、これを教訓にして元のチハヤの戻ってくれたら、いいなって思う。まさに、捨て身の戦法よね。そう思うと、なんだかおかしかった。

 私は一歩前へ出て、目を閉じた。
 「私の中の聖なる願い。どうか、力を貸してください。」
 何度も何度も、私は口の中で呟いた。
 どうか、全ての人が、幸せになれますように、チハヤも、フィラも、テティも、母さんも、友達も、そして、エルも、と。
 ……不意に、後に気配がした。
 「メイカ……チハヤ様……。」
振り返ると、テティがいた。
 そして、その隣には……

 「メイカ様。」
 紅い髪に蜂蜜色の瞳を持った少女が……ラファエルが居た。

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