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7.th 軌跡、そして……~Memory of strange time~

ひとりぼっちになった僕。
僕のせいでみんな居なくなってしまった。
テティも、フィリーナ姫も、
僕には優しかったから
僕のせいで消えてはいやだから、
どこかへ行ってって言ったけど
二人はずっと一緒にいますって言ってた。
二人とも、僕が怖くって、
離れたら何されるかわかんないからって、
一緒にいるのかなって、
悲しくなった。

何日かして、
僕は思いだした。

確かおばあさまが言っていた。
こんな災いしか呼ばない石でも、
一つだけ、すばらしい魔法が使えるって。


おばあさまが言っていた方法は、

ほかの石を使う方法だった。
でも、僕は幸せになりたかったんだ。

そうしたら、
テティが僕に石をくれた。

これが、癒しの涙ですよって。


お母さんの所へ行きたかったんだ。
お母さんと一緒なら、幸せになれると思ったんだ。

だから。
辛かったけれど、ここまでこれた。
何年もかかった。

昔の約束も、忘れた。
だって、今の僕には、
約束なんて守れやしないから。


でも、迎えに行ってしまった。
聖なる心が必要だったから。

すぐに彼女だとわたった。
もう、十六くらいになるメイプルは
とても生き生きしてて、
きらきら輝いていて、
とても綺麗だった。

僕とは正反対で、
ちょっと妬ましく思えた。
ちょっとうらやましく思えた
そして、更に彼女を好きになった。

彼女を家に連れてきたとき、
僕のことをすっかり忘れていた。

悲しかった。
彼女さえも、僕を覚えていてくれないのか。

でも、約束は果たせた。
一緒に食事をして、
散歩をして、
会話して。

でも、
彼女は僕から逃げてしまった。
抱きしめた腕から、逃げ出してしまった。

もしかしたら、
彼女の中に僕の幸せが
あるような気がしたけど、
やっぱり、お母さんの中にしか、
幸せがないのかも知れない。

「一人じゃないよ、ちーちゃん。」

諦めたその時に、
メイプルが手を差し伸べて言った。
フィリーナ姫が、僕を抱きしめて言った。

「周りをご覧よ、一人じゃないよ。
貴方には、貴方を愛してくれる人たちが
いるじゃない。」

その瞬間、
僕の世界が光に包まれた。

そうして、
何も見えなくなった。

 

チハヤ様はずっと一人だった、
オレが居ても、一人だった。

昔からそうだった。
自分一人で全てを抱え込もうとしていた。

でも、メイプルは違った。

あいつが居ると、
チハヤ様は、とたんに表情が豊かになる。

怒ったり、いらいらしたり。

あんまりいい感情じゃないけど、
でも、出さないよりはましだろう?

フィリーナ様だってそうだったし、

何より、オレだってそうだ。

オレだって、あいつが居るとペースが狂うんだ。

本当にあいつは、
聖なる心そのものなのかも知れないな。

あいつに焦がれる人に、
幸せを与える、不思議な宝石。

チハヤ様だけじゃなく、オレも惹かれている。

昔合ったあのときから。

あの、
海のような蒼く澄んだ瞳を見てから。

 

私は、自分では変わったと思う。

王宮で鍛えた社交術も、ダンスも、お作法も、
何にも、意味のない物だとわかったから。

やがては、自分と見合う身分のチハヤ様と、
結婚する物だと思っていた。

でも、彼を好きになって、気がついた。

こんな、心がないチハヤ様と、
結婚して良いのかって。
私は、あの人の心も、欲しくなった。

メイカと知り合って、気がついた。

人生、そんな物じゃないって。
望めば、入ってくる物でもないし、
生きている内に、
大事な物は自然と見つかる物だって。

だから、私は見つけたい。

私が、存在する意味を。
私の大事な何かを。

 

私はメイカ

人形師

おっちょこちょいだけど、めげずに明るい。

私の名前の由来。

母さんが付けてくれた名前。

だけど、

一番の意味は

未来を切り開き、生み出す者

って意味なのかも知れない。

 

 今日は、良い風の引く、晴れだ。
 旅に出るには絶好の日。

 あの後、気がつくと、何もなかったかのように、私たちは広間に立っていた。
 ……ラファエルは……居ない……。
 
 私は、デザイア様の言ったとおり、南の国へ行くことにした。
 だって、こんな別れは悲しすぎる。
 これから先、幸せに生きていきたいから、彼女と。

 カノン母さんに、事情を説明すると、微笑んで、せめて継承式だけでも、と言った。
 私の記憶の封印は、私の誕生日に、継承とともに解けるはずだったらしい。
 私は、継承してから行くことにした。
 それが、おばあちゃんやガブリエラの望みだろうから。

 長かった継承式が終わり、私は早速旅立つ準備をした。旅路は、簡単な物じゃない。かなり遠い。準備は万全にしとかないとね。

 ガネットに、二人を迎えに行ったとき、屋敷でまず出迎えてくれたのは、フィラだった。
 「やっぱり、行くんですね」
 彼女は、少し寂しそうに言う。
 「うん。」
 私は微笑んで、そう返した。
「ラウカ・タッツ。神々の国……」
 ラウカ・タッツ。南の国の正式名称。
 どこにあるか、正確な地図はない。不思議な力を持つ人々が居る国。私たちの先祖の国。
「デザイア様の言っていたとおり、南の修僧士に頼んでみる。」
 「あの子が、そんなに大事なんですね。」
 静かに笑うフィラ。
 「うん、私の親友の一人だもん。」
 「親友、ですか。うらやましいわ。」
 私は、この子が、ホントに可愛く思えた。
 「心配しなくても、フィリーナ様は私の親友ですよ。」
 茶化してこう言うと、フィラは楽しそうに、
 「『フィラ』で良いですよ。」
 と、言った。
 
 彼女は、これから、この屋敷を守って行かねばならない。なぜなら、チハヤの婚約者だし、何より……彼の一番の理解者だから。
 チハヤは、私に責任を感じて、一緒に行ってくれるのだ。何度、仕方がなかったと言っても聞いてくれなかった。

 フィラと挨拶をしていると、遠くで声がした。チハヤだ。私は手を振り、彼はこちらに駆けてくる。その手には荷物を持って。
 ちーちゃんとは、もう言ってはいけない。第一似合わないし。
 「……本当に済まない事をした。メイプルの親友を、私が……」
 お、チハヤはメイプルって呼んでくれるんだ。
 それに、昔、家に来たときの雰囲気に戻ってる。
 あのときの優しいチハヤだ。
 「反省してるならいいよ。それに、まだ死んだと決まった訳じゃないもの。」
 「そうだな。……修僧士なら、きっと何とかしてくれる。」
 「俺達も一緒に行くしな。」
 いきなり肩に腕が回され、耳元で声がしたので見ると、テティがいつの間にか、私の後に立っていた。
 「いっいきなりそんな事しないでよ、びっくりするじゃない!しかも腕重いし。」
 「悪い悪い、いい高さにあるもんでな。」
 必死でもがく私を、面白そうに抱えて離さない、テティ。
 「ま、お前は俺の子分なんだからな。」
 「子供の頃のことでしょ!」
 私が、そう否定しようとすると、不意に、テティが真面目な顔で呟く。
 「……この十年。俺は、その約束を忘れないで、楽
しみにしてたのに……」
 「えっ……」
 「お前は、どんな理由にせよ、あの約束、忘れちまったんだよなあ……」
 そのまま、私の肩に額をこつんと付ける。
 表情は解らない。
 「や……やだ、ごめん。傷つけたんなら謝るから。……」
 私は焦って肩の上の頭を撫でながらその事をフォローする。それでも、テティは顔を上げる様子もない。
 えぇーっコイツがそんなに傷ついてたなんてぇ!
 「解った、うん。約束守るから、ホント、子分になってあげてもいいから。……だから、機嫌直してよ、ね。」
 私が焦ってテティの方を向いた途端、いきなりテティは顔を上げて、……事もあろうに。
 私の唇に、唇を押し当てた。
 「!」
 「じゃあ、これが契約の証。あ、大丈夫、ちゃんと魔力こもってるから、破ることはないからな。」
 こ……コイツ……
 ああっ私のファーストキスが、こんな所で、目の前に人が居てそんでもって、魔法の材料(しかも不本意)にされてしまうなんてぇ!
 あまりにも恥ずかしくって、怒る気も失せ、かっくりと頭を擡げる私。
 「ん?何だがっかりして。大人のキスの方が良かったか?」
 「いやーっお願いだからもうやめてーっおよめにいけなーいっばかこのへんたーいっひきょうものーっ」
 耳をふさぎながら、私はもう何がなんだか解らなかった。
 もう……勘弁してよ……
 「ま、嫁に行けなくっても、俺が面倒見てやるから。」
 ……誰のせいだと思ってるのよ。
 そんな様子を見てか、フィラとチハヤが笑う。
 ……ホントにお似合いだ。ちょっぴしメイプルとしては寂しいかな。でも、フィラだったら、私の役目が立派に果たせると思う。時には優しく、時には厳しく、彼とやっていけると思う。……うらやましい。ああ、私も、チハヤみたいな繊細な、守ってあげたくなるような彼氏が欲しー。
 「……なーに寂しそうな顔してんだよ。」
 ふん、別にテティにゃ関係ないでしょ。……って、心なしか、テティの腕に、力がこもったような気がす
る……
 何か、自分の心が見透かされたような気がして、私はぱっと身を離す。
 「とっ……ところでさあ、ホントに、いいの、二人につき合わせちゃってさ。」
 そう、三人で修僧士の所へ行くのだ。
 三人の末裔が、もう一人の仲間に会いに行くのだ。
 「今更言うな、もう、決めたんだからな。」
 「今度は、俺達がお前を助ける番だろ?」
 ……二人とも、ありがと。
 声に出すのがなんだか恥ずかしくて、私は心の中でそっと言った。
 「会えるかな、修僧士さんに。」
 「会えなきゃまずいんだろ、ラファエルのためにも。」
 「きっと会えるさ。メイプルが、諦めさえしなければ。」
 二人の言葉が、何とも言えず、うれしかった。
 「うん。」

 「ほら、さっさといくぞ!」
 出発の時間だ。
 テティに手を引かれ、私は駆け出す。
 耳のイヤリングがシャラシャラと乾いた音を立てて、鳴る。
 あの、エルにもらったイヤリングだ。
 「ラファエルが戻ったら、今度は五人で遊びに行きたいな。」
 チハヤが静かに呟く。
 私は笑った。
 うん、そうなったらいいな。私もそう思う。
 テティも、笑った。
 十年前に戻ったみたいだ、って言った。
 なんだか、急に走りたくなって、急いで行きたくなって、私は駆け出した。

 「次の街まで競争!」
 実は、足には自信があるんだ。一番先についてやる!南を、目指して。

 「やれやれ、やっぱり子供だよな。」
 「さあ、私たちも行こうか、お姫さまの元へ。」
 「チハヤ様、メイプルのことは任せてください。もう、チハヤ様はいい人居るんですからね。」
 「さあ。でも彼女は、まだ私の方に脈があると思うけれど。」
 「へ?何ですかそれ?」


 後からチハヤが走ってくる。
 テティがそれを追って何か叫んでくるが、何を言ってるか解らない。
 もちろん、さっき遠くでしていた彼らの会話の内容も解らない。
 人が聞いてないからって悪口言ってんだろうか。

 でも、ま、いいか。
 私は深く考えるのをやめた。
 だって、私の二人の騎士様は、これからはきっと私を守ってくれるから。

 そう、きっと、あの頃のように……

 


三人の師の子供達は頑張って南を目指しました。

神様の国へ、大好きな友達を助けるために

三人は修士様に会えたのでしょうか

それは……

 

DESIRE!-----→END?

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 6.th 奇跡~Goddess Desire come in to Ganette~

 人間、そうそう悪いこと(?)は出来ない。
 間の悪いときに、間の悪い人が来てしまった。
 「エル?」
 私は思わず叫んでしまった。
 「どうしてここにいるの?来ちゃいけないって言ったじゃない!」
 「メイ……カ様……」
 すまなそうな目でこっちを向くエル。
 「ちょっと、テティ!あんた、また性懲りもなくそーゆーことするわけ?大体あんた、ちっちゃい頃からそういうことしてばっかじゃない。」
 私はそいつを指さしながら近づいていった。
 「お、お前、記憶が戻ったのか?」
 妙に驚き、私に詰め寄るテティ。
 私はそんな彼をにっこり笑いつつ、どついてみる。
 「久しぶりねえ、テティ。」
 「もう、結構前から顔あわせてたんだけどなあ。」
 ははははは、と二人で血管浮き出させながら笑う。
 私は、ぐいっとテティのローブの胸ぐらひっつかんで引っぱった。
 「私が聖なる心になるからいいのよ!早くあの子を逃がしなさいよ!」
 テティはそれに対抗してか、私のほっぺたを両手でつかんで左右に伸ばした。はっきし言って痛い。
 「仕方ねえだろ、こっちはお前のこと心配だったんだし、それにっ……」
 それに、だとぉ。まだ何かあるのか?
 こ、こいつぅ……
 私の意識がないうちに、また元に戻りやがったなぁ。
 「あの、メイカ様?」
 「今、そんなことをやってて、良いのですか……?」
 さっきからの私たちのやりとりに、あきれて言葉が出なかったのか、やっとの事で私たちに話しかけるエル。その向こうでは、あきれた顔のチハヤが、フィラが立っている。
 はっ!気づかないうちに二人の世界に入ってしまった!ヤな世界だけど。

 「ご、ごめんなさいエル、フィラ……」
 「すみません、チハヤ様、フィリーナ様。」

 お互いの相手に同時に謝る私たち。

 さっきの騒がしかったことが一段落すると、エルがすまなそうに語り始めた。
 「私から頼んで連れてきてもらったのです。テティ様が悪い訳じゃないんです、メイカ様。」
 さっきは気がつかなかったけど、エルの私に対する呼び方が元に戻っている。
 「エル、どうしたの?」
 何かあったのだろうか。
 「メイカ様、テティ様に聞いたのですけれど、私の代わりに消えてしまうって言うのは本当ですか?」
 あ。
 私とチハヤ、フィラはほぼ同時にテティの方を向いた。
 「テティ!」
 「テティウス様!」
 三人の声が重なる。
 「もしかしたらって言ったんだよオレは……悪かったよ、確かに。でも、言っといた方がいいと思ったんだよ。お前の考えそうなことだからな。」
 テティは外を向いてこう答える。
 「メイカ様、私の問いに答えてください!」
 エルが、いつもにない表情で私のことを睨む。
 まるで、私が悪戯したときのガブリエラ母さんのように。
 「……そうよ……」
 私は答えた。
 エルに嘘は、つけない。
 ついたって良いけど、絶対疑ってかかるし。
 「あなたのことだから、そんなことだろうと思いました。」
 うわ、まだ怒ってる。
 でも、私は十六年生きた。でも、エルは数週間しか生きてない。だから、私の命のバトンを、彼女に託したい。だから、これでいいと思う。私は、そのことについては謝る気はない。
 「メイカ様。私は感謝して居るんですよ。私を作られたこと、そして、私を思って逃げてくださったこと、私を親友と呼んでくださったこと。でも、私にその恩を返させないうちに、また恩を上乗せするんですか?」
 「恩なんて思わなくっていいのよ。私が勝手にやっ
てることなんだから。」
 何か、エルと、喧嘩腰になってきてしまった。最後の最後で喧嘩はちょっといやだ。
 「メイカ様、私は、もう十分幸せをいただきました。人になれたし、メイカ様と一緒に泣いたり笑ったり出来たし、お友達まで出来ました。思い残す事なんて無いんです。元々、居なかった人間なんですし。」
 優しい声で、私に言い聞かせるエル。
 彼女も、喧嘩別れはいやだと思ったのか。
 でも、彼女は、自分が犠牲になるつもりで話している。
 「エル、これから先に、もっと楽しいことがあるんだから、こんな所で死んじゃいけない!私はあなたより何十倍も長く生きてるんだから、気にしなくっていいんだからね!」
 私は、こう言った。
 彼女に、そんなこと言ったって意味がないことは重々承知している。
 でも、この子に、未来をあげたいのだ。

 人形。

 ときにそれは、人を楽しませるために、
 ときにそれは、人の役に立つために。

 そんな彼女に、夢を見せてあげたい。

 私は無言で、エルの元へ行き、首に掛けられたペンダントを取ると、広間の中央に設置された祭壇へ行った。そこには、もうすでに石が並んでいた。
 「メイカ様!」
 もう遅い。
 祭壇に描かれた魔法陣が輝きだし、私と石は光に包まれた。

 と。
 エルがこちらに走ってきた。
 そして、私の手からペンダントを取ると、
 私を突き飛ばして、魔法陣の真ん中に座った。

 「メイ、私は、幸せでした。思い残すことは本当にないんです。大好きなあなたと、一緒に過ごした毎日を、私は、どうなっても忘れたりは出来ない。」

 「エル!」
 私は、魔法陣の中へ戻ろうとした。
 でも、テティとチハヤに止められた。
 「もう無理だ!もしお前があの中に入ったとしても、あの子を助けることは出来ない!二人して混沌の中に行きたいか!」
 「放して、放してよぉ!エルぅ!!」
 私は少しでも魔法陣に近づこうと手を伸ばしたが、全然届かない。悔しくて、涙が出てくる。
 そのあまりの光景に立ちすくむフィラ。
 だんだん強くなっていく光。
 消えていくエルの姿。
 そして、

 「ありがとう、メイ。私の大好きな友達……。」

 光の中から最後に、彼女から発せられた声だった。

 「……………………っ」
 私は、もう、声にならない叫びを上げた。
 そして、私の中で、何かが、壊れた。

 光は更に強くなり、辺りも見えないほどだった。
 私は、何も考えられなくなった。
 目を閉じた。

 

 しばらくすると、光が収まり、暖かい気配が前方に広がった。
 風、その方向から緩やかな風が渦巻いてくる。そして、人の形を形成し始めたようだった。

 「私は、南の国の修僧士に作られしデザイア。過去の盟約に基づき、石の後継者の願いを叶えるため、ここに具現せし者。」
 目を開けると、そこには白銀の髪の美人の女神様が私たちの前に降りたところだった。
 「さあ、石の後継者。一つずつ願いを。」
 静かに、恭しく、女神様がこう言うと、しばらく間をおいて、チハヤは言った。
 「母の元へ、私を連れていってくれ。」

 デザイア様に願っても、かなえた願いは消えてしまう。その願いが昇華するだけだから。お母さんは帰ってこない。それだったら、お母さんの元へ行けば幸せになれる。そう思ったのだろうか。

 私は、気がついたら、彼に平手打ちをかましていた。

 テティも、フィラも、そして私自身も、それは信じられない行為だったと思う。でも……
 「あんたは馬鹿?そんなことのために私やあの子が命を懸けさせられていたの……?」
 なんだか、急にいらいらしてきた。
 私自身に向けられていた物が、チハヤにもかかってしまった。
 「そんな願いなんてくだらないじゃない。それだったら、勝手に自殺すればいいじゃない!」
 そう言う物じゃ無いというのは解ってる。
 ただ、チハヤは眠りたいだけ。永遠に、お母さんの思い出の中で。
 「そんな物のために、エルは、私の身代わりで死んだの?」
 彼にとっては重要な、今まで頑張って生きてた理由。
 「そんな物だと!」
 怒るのは無理ない。
 「私は、このためだけに生きてきたんだ、ほかには何も望まない。思い出の中で生きたいんだ。」
 「つまりは死にたいって事なんでしょ。」
 テティは、こちらから目を背けている。
 解っていたが、やっぱり辛いといったところか。
 フィラも、どうしたらいいかわからない顔をしている。心配そうな顔だ。

 「死ぬぐらいだったら生きればいいじゃない。」
 私は、言った。
 エルが私のためにくれた命。
 嘆いて後を追うなんてばからしい。
 精一杯、エルの分まで生きなくちゃいけない。

 ガブリエラは、私の元を離れる時、こう言い残した。
 「……生きると言うことは、生き物にしかない。私が人形だったときには、壊れることはあっても、死という世界はなかったわ。私たちにとって、ここに存在すると言うことは当たり前のことすぎて、とても単調なことだった。当たり前よね、半永久的に動く続けるんですもの。でも、人間は、存在する期間が限られているからこそ、生きるのに精一杯なのよね……」

 おばあちゃんのお葬式。
 私はカノン母さんにこう言われた。
 「おばあちゃんはお母さん以外、子供が全員自分より早く死んでしまって辛かったけれど、精一杯生きたわ。メイカちゃんも、おばあちゃんに負けないように、頑張って生きようね。」
 お父さんのお葬式。
 封印された記憶の中の、辛い思い出。
 ガブリエラ母さんが言った。
 「人は、いつかは死んでしまうものなの。でも、そうした命があるから、辛いことや楽しいことがあるの。お父さんは、自分に出来る精一杯の生き方をした、すごい人なのよ。」

 生きる、と言うこと。
 それは平坦な物じゃない。
 死ぬのは、そこから道が広がらない。ずっとその場に居続けて、辛い思いをしなくていい。でもそれだけ。ただ広がる無の空間に、結局の所、ひとりぼっちで居続けるだけだ。
 「苦しいからこそ、辛いからこそ、すばらしいこと、楽しいことがある。思い出の中に居続けても、幸せになんかなれない。本当の幸せは、自分でつかむ物だから。」
 人形師、と言う職業は、
 仮初めだけれど、命を作る職業だ。
 命の尊さ、それを、私はおばあちゃんに教わった。

 「頑張って生きて、人から愛される人になる。それを今度は目標にして、生きてはいけないの?」

 「………………」

 チハヤは黙ったまま。
 テティは、こちらに近づいてきて、チハヤを見つめていた。

 「最後の約束、忘れちゃった?」
 「最後の約束?」
 チハヤに約束した後、私は彼にこういった。

 『もし、ちーちゃんが寂しいときには、あたし、一緒にいたげるね。』

 「迎えに来たんだよ、寂しいちーちゃんを。」
 私は、膝を落とし、俯いたままのチハヤの手を、そっと握りしめた。

 でも。
 チハヤは顔を上げない。

 「……チハヤ様?」
 不意に声がして、私は振り返った。
 フィラが、あの、呆然としていたフィラが、やっと、我に返ったのか、チハヤに歩み寄ってくる。
 「私は、過去に貴方に、どんなことがあったかを、噂話でしか、知りませんでした。メイカの過去を知る上で、貴方の過去のことを書類で調べたり、テティウス様に語っていただいたり、色々致しましたけれど、けれど、やはり、私はこの件では部外者でした。
 ……それでも、部外者の私でも、これだけはわかります。チハヤ様、貴方は間違いを三つ犯しましたわ。一つは、願いをそのような物に託すこと。二つ目は、貴方の大切な人の、大事な友達を失わせてしまったこと。」
 私は、立ち上がり、そしてフィラを見つめた。
 その瞳には、涙が溜まっていた。それは、溢れて、頬に銀の弧を描く。
 彼女はそれに構わずに、チハヤの傍らにしゃがみこむ。彼の瞳の所在を追って、顔を見上げて。
 「……三つ目は、貴方は、私たちを見ていないことです。こんなに、貴方を愛しているのに、それを信じないでいることです……!」
 彼女は子供をあやす母親のように、彼を抱きしめた。
 その姿は、一枚の絵のようで、私は見とれる。
 「私は、みんなで仲良く生きていくことは、石の力を借りなくても、出来たと思います。だって、みんな本当にいい人で、私も、彼らが好きだから。だから辛いんです。チハヤ様が、それらを手放そうとする、姿が。あまりにも痛々しくて……」
 止めどなく流れる涙を、拭おうとは、しない。
 彼女はなんて大らかな心で、彼を叱れるのだろう。私は励ますぐらいしかできないのに。憧れてしまう。
 私は、まだまだ、子供なのかも知れない。そして、チハヤの心の拠り所は、彼に一番必要なのは、もう、子供の頃の私じゃなく、この少女なんだと、私は確信した。
 ……これでまだ、こーんな風にふてくされてたら、怒るぞ、あたしゃ、本当に!
 
 「あの、お取り込み中悪いんだけど、さっさと願いを言ってくれないかなあ。」
 後から声がする。
 すっかり忘れ去られていたデザイア様。
 あははは……御免なさいね。

 「私は、……もう、いい。」
 フィラのやさしい腕に抱かれながら、チハヤの瞳は虚空を見つめてる。
 少し、考えているようだった。
 テティはそんなチハヤを見つめていたけれど、
 「癒しの涙を継ぎし物、貴方の願いは?」
と、女神様に問われると、少し悩んでいたけれど、
 「……チハヤ様が言わないんなら……」
と願いを言わなかった。
 そして、女神様が、私の方を向いて、訊ねてきた。
 「聖なる心を継ぎし物、貴方の願いは?」
 私は、ラファエルを返して欲しい、と言った。
 だって、こうしてほかの人たち、願いを叶えないんだし、元通りに帰ってくると思う。
 もしかしたら、そう言う希望があった。
 でも、答えは希望していた物とは違った。
 「それは出来ないわ。」
 私の驚いて、そして悲しげな顔を見ながら、彼女は続けた。
 「私には、確かに願いを叶える力はあるけど、これを発動するために混沌へ言った物は戻せないわ。」
 デザイア様を呼んだことで、この術は発動している、
と言うことだ。はあ、じゃあ、あの子はやっぱり帰ってこないんだ……

 突然、何かが落ちる音がした。
 チハヤがフィラの腕の中で気を失っている。
緊張の糸が切れたのか、とっても優しそうな顔で眠っている。
 私は、女神様に言った。
 「あの子をよみがえらせるには、どうすれば良いんですか?」
 一分の希望も、無いのだろうか?

 女神様は少し考えていった。
 「私を作った南の修僧士に頼めば、もしかしたらどうにかなるかも知れないわね。なんて言ったって、作った一族そのものだから。」
 「南の修僧士。」
 私は繰り返していった。
 私たちのほかの、もう一人の師。
 「まあ、確証はないけれど、何かしらのヒントは得られるはずよ。」
 女神様はそう言う。
 確かに、作った本人の末裔ならば、何か知ってるかも知れない。

 私は決めた。
 南の国に行くことに。
 そして、エルを取り戻す。

 「では、また、願いを叶えるときに呼んでね。あなた達にはまだ願いが残っているから。呼ぶのは簡単、石を手に持って念じるだけだから。」
 そんな意気込んでる私を見た女神様はそう言うと、すっと消えていった。

 「………………」

 私とテティ、そしてフィラは、今まで女神様が居た虚空を見つめていた。
 「結局、願いを叶えなかったね。」
 「ああ。」
 

 デザイア様が消えた後。
いきなり、辺りが強い光に包まれた。
私達はその中で、ただ立ちつくすしかなかった。
そして……

5.th 悲しい願望~Meika pity him~

 「作戦変更。私、チハヤの所へ行って来ます。」
 目覚めて一番最初に発した言葉。

 私はフィラによって、ベッドに運ばれていた。心配そうな顔で彼女は私を見守っていてくれた。
 「大丈夫ですか?メイカ。急に目の前で倒れてしまうんですもの。すごく心配したんですよ。」
 その彼女に対する答えが最初に言った一言。

 彼女は驚いた。
 まあ、当たり前だよなあ。半日眠っていて、起きたかと思うと、いきなりこーだもんな。
 「いきなりどうしたんですか、まさか変な食べ物にでも当たりました?どこかに頭を強くぶつけてしまったとか?」

 ……そ、そこまで言わんでも……

 気を取り直して、私はもう一度言った。


 「チハヤの所に行って来ます。」
 まだ呆気にとられてるフィラを後目に、私は夢で思い出した事を言った。

 チハヤとテティに会ってることと、私のお母さんは人形だって事。そして、自分も……。約束に事は伏せとく、恥ずかしいし。

 「私は、人間でも、人形でもない。『聖なる心』の力によって生きている存在。」
 「だから、自分が一番聖なる心に近い存在だと言うのですか?」 
 フィラは信じられないような顔で私を見る。ふつう、「私、人間じゃないのc」なーんて言ったって信用できるわけないわなぁ。
 「でも、本当にそうだから。」
 そう、紛れもない事実。
 そんな存在でいることがいやな訳じゃない。
 人形と人間。
 聖なる心によって結ばれる恋。存在を越えて愛し合える絆。私はすごいと思う。だって私も、それを信じ
たいから。
 だから。
 「私はチハヤの所に行って来る。それで、説得してみる。」
 フィラは少し考え、そして、私の目を見て言った。
 「……わかりました。私も行きます。」
 「フィラは、来なくったっていいよ。迷惑掛けられないし。」
 首を振る私を制して、彼女はこう続けた。
 「私も、行きたいのです。この結末が、どうなるのか、見届けたいのです。」

 「まさか、貴方達の方から来るとは思いませんでしたよ。」
 「チハヤ様……。」
 フィラが、申し訳なさそうに彼を見つめる。
 最初に私がいやな奴って印象を受けたその時と、変わらない態度。でも、今なら解る。それは自分を殺した態度だって。
 「約束守ってくれてたんだね、ちーちゃん。」
 精一杯の笑顔を彼に向け、私はそう言った。

 チハヤが私にした約束。
 偉くなったら一緒に僕と居て欲しい。
 確かに、一緒に生活してた。一緒に食事とかしてたし、気分転換だと、散歩も一緒にしたし。
 一番最初の意外な顔は、私が約束を忘れていたから。
 「思い出したんですか。」
 チハヤがわずかに動揺した。
 「うん。聖なる心のせいで思い出封印されてたけど、これは忘れてはいけないことだったわね。ごめんね、ちーちゃん。」
 今更何を、と言う顔のちーちゃんことチハヤの顔。
うーん、やっぱし許しちゃくれないかぁ。
 それに、なんかちーちゃん、ちーちゃん言ってても、恥ずかしい気がする。フィラも、なんだか複雑そうな顔してるし。
 「メイカさん、あの人形はどうしたのですか?」
 そんな私を見かねてか、チハヤが単刀直入に言う。
 お?いきなし本題にはいるか?
 うーん、私の約束の話も、まだ残っているけど、とりあえずは、こちらの方が先決かな。だって、まずはこの状況をどうにかしないと……。
 私は、そう思ってこう答えた。
 「いないわ。私は話し合いをしに来ただけ。」
 「話し合い、ですか?」
 「そう、話し合いよ。」
 私は、たたみかけるように言葉をつなげる。
 「随分昔に、私はガブリエラの……人形の娘だって言ったけど、貴方は信じていた?」
 ぴく。
 チハヤが少し反応した。
 かまわず、私は続ける。
 「あれは本当の話。私の中に流れる血は、聖なる心の副産物よ。」
 私の何代も前のご先祖様から、人形と人間の愛の結晶は生まれている。
 と、いうことは、私の血には、その人間になった人形の血が凝縮されているわけだ。おばあちゃんとおじいちゃんは従兄弟同士で結婚したから、余計にこいだろう。その上に、また、私のお母さんが人形だ。
 つまり、言い換えると、私は奇跡の申し子、願いの固まり、歩く聖なる心、というわけ。
 「つまり、あの人形じゃなくて、自分を使えと、そう言うことですか。」
 有り体に言えば、そーゆーことになる。
 私を使えば、聖なる心の奇跡の力を全部使わなくって済むかも知れない。人形三体分に使われた力。どれか一つ欠けたら、私の存在は弱くなるかも知れないけど、でも、消えることはない……と思う、多分。
 「寂しいから、家族が欲しいって願いだったら、絶対かなえられると思うよ。」
 無論、私を拉致なんかしないでも、理由を説明してくれたら一緒に暮らすぐらいしてあげたし。それくらいだったら命賭けなくっても良かったんだし。その上、よく考えたらフィラもいるじゃない。こんなに想ってくれる子を、よくも忘れられるもんよねぇ。
 まあ、肝心のフィラは、真剣な面持ちで成り行きを見守ってるけどさ。
 「………………」
 フィラに向いていた視線を、チハヤに移すと、彼は黙ったまま俯いていた。
 「ねえ、チハヤ……何でこんなことするの?」
 エルを特別な人形……人間にする理由は、多分、石の力を確認したかったから。
 でも、何のために?
 「デザイアの物語。三編のほかに、もう一つこんな話があることを貴方はご存じですか?」
 沈黙が続いた後、チハヤが静かに語り始めた。
 「昔々、人形師と手品師、黒騎士の子供達が、初めて一堂に会しました。子供達は、それぞれの家に伝わる石を持って、西の手品師の家へ集まったのです。
 みんなが仲良く話していたその時、三人の持っていた石が輝きだし、一人の女神様が現れました。」
 チハヤがそこまで語ると、フィラが、思い出したように、その後を紡ぎだした。
 「女神様はデザイアと名乗り、こう言いました。
 『三人が争わず仲良くしているご褒美に、それぞれに一つだけ、何の代償も無しに何でも願いを叶えてあげましょう。ただし、今掛けられている願いは消え、石は使えなくなりますよ。』と。」
 「……『デザイア』の女神様の章。」
 「………………」
 チハヤとフィラが語った物語。それは、私たちには語られることがなかったものだ。
 「私のおばあさまが……南の修僧士の孫の祖母が語ってくれた物です。」
 「ええ、私もお聞きしました。……確かに、幼いときに、一度だけ……」
 フィラが、私の方を見て、自分を責めるかのように俯く。多分、自分が忘れていたことを、悔いているのだろう。私は、そんな彼女に、微笑んで、首を振るしかなかった。
 南の修僧士。神の国に住む人。
 「………………」
 信憑性のある、話。
 掛けられた物であれ、まだ使ってない物であれ、『願い』が『神の力』に昇華する。
 もし、これを私の血に掛けられた願いでやると、私のお母さんであるガブリエラに掛けられた願いが消える。つまり、ガブリエラは存在しない人となり、私も、必然的に存在が消える。
 「これで解ったでしょう?ですから、あの人形が必要なんです。」
 私は、なぜか動じなかった。不思議と、落ち着いているのだ。
 「チハヤ、一つ聞いていい?」
 「何ですか?」
 「もし、これであの子を出して、デザイア様への願いでまた、人間にしてくださいって頼んだら、あの子は帰ってくる?」
 一応、聞いてみた素朴な疑問。
 「おそらく、それは無理だろう。書物を調べたら、その願いのこもった物は、混沌へ運ばれて、願いと、そうでないものに分解吸収されるらしい。」
 と、言うことは、あの子も消えてしまう。
 「さあ、あの人形を渡していただきましょうか?」
 エルを、私の身代わりになんて出来ない。
 私の大切な子。絶対に死なせるものですか!
 私は首を横に振った。
 「私を使っていいわ。さぞかし強力な願いが叶えられるでしょう。」
 「メイカ!」
 フィラが叫ぶ。
 でも、私は怯まなかった。
 私は考えたのよ。
 聖なる心の願いとして、私の存在が願いに昇華するのであれば、命を彼女と共有したままに出来る。と言うか、私とエルの存在を逆に出来るかも知れない。
 エルが人間、私が人形。
 中身的には、私もエルも変わらないわけだし。何しろ人間にしたときに、私の血を使ったわけだから、同一人物と言ったって過言じゃない。
 チハヤに、デザイア様への私の願いとして、エルを人形師の子供にして、と頼んでもらえればいい。
 そうすれば、あの子は消えずに済む。
 私は、自分のために誰かが犠牲になるなんていやだ。
 他の人のためにって自分を犠牲にするのもいやだ。
 でも、こればっかりは私のポリシーを曲げなっきゃいけない。
 そう、最初で最後の私の我が儘になるんだから。
 チハヤはとまどっていたが、関係ない。
 人間不信で、それで自分勝手になって、元々の自分を殺しちゃったこいつには、私が犠牲になるなんて思っても見なかっただろうけど。
 人は、こういうことも出来るんだって事、見せつけてやる。
 そして、このことを一生後悔して、これを教訓にして元のチハヤの戻ってくれたら、いいなって思う。まさに、捨て身の戦法よね。そう思うと、なんだかおかしかった。

 私は一歩前へ出て、目を閉じた。
 「私の中の聖なる願い。どうか、力を貸してください。」
 何度も何度も、私は口の中で呟いた。
 どうか、全ての人が、幸せになれますように、チハヤも、フィラも、テティも、母さんも、友達も、そして、エルも、と。
 ……不意に、後に気配がした。
 「メイカ……チハヤ様……。」
振り返ると、テティがいた。
 そして、その隣には……

 「メイカ様。」
 紅い髪に蜂蜜色の瞳を持った少女が……ラファエルが居た。

昔々、北の国に騎士様がいました。

北の国ではとても強くて、いつも黒い鎧を着けていたので黒騎士様と呼ばれていました。

ある時、黒騎士様が、西の国へ王様の伝令として行かれたたとき、宿を取った街で一人の少女を見つけました。

「そこの君」
黒騎士様は言いました。
「君は、なんて言う名前なのだ?」
少女はびっくりして逃げようとしましたが、あまりに黒騎士様が寂しそうな顔をなさるので小さな声で言いました。
「名乗れる名前なんてございません、騎士様。」

騎士様は言いました。
この街に滞在する間で良いから、私につき合ってくれないか、と。
少女は言いました。
私は、理由はいえませんが、立派な方にお仕えすることは出来ないのです。

ですが、黒騎士様はあきらめません。
「仕えなくて良いから、ただ、話し相手になってくれるだけでいい。」
少女は困ってしまいました。
「私と騎士様が何かしら関わりを持つと、貴方が不幸になってしまいます。」

そう言っても、黒騎士様は聞きません。


「じゃあ、一日だけ」
少女は思いました。

自分のことを語れば、きっと自分から離れていってくれる。
昔、好きだった人が離れていったように。

やがて、黒騎士様が伝令を伝え、この街に戻ってこられると、少女はお母さんとお兄さん、妹に昼間の出来事を話しました。

「やがて、黒騎士様はこちらにやってこられます。私は一日だけ、話し相手になると約束してしまいました。だから、今晩だけ、行って参ります。」

お母さんは言いました。
「石のことは黙っていなさい。もし知れたら、その人を不幸にしてしまいますよ。」

石とは、お母さんの継母を金貨にしてしまった、あの紅い石でした。
お母さんは、あの、優しい娘だったのです。
今は裕福な家の優しい旦那さんをもらって、西の国で暮らしていたのです。

少女は頷きました。
お母さんにあった不幸はよくわかっているわ、と。

少女は、あの黒騎士様がなぜか気になっていたのです。
だから、絶対に不幸にしたくはありませんでした。


やがて、黒騎士様が少女の家に来ました。
少女は黒騎士様の馬に一緒に乗り、宿の方へと行きました。

「君、わざわざすまないことをした。」
黒騎士様はそう言うと、少女を馬から下ろしました。
「いいえ、大丈夫です。」
娘は頬を赤らめて言いました。
黒騎士様に見つめられて緊張してしまったのです。
無理もありません。
プラチナブロンドの髪に整った顔立ち。
黒騎士様は、とても綺麗な方でいらっしゃったのですから。

黒騎士様は言いました。
「なぜ、君は私を避けようとしているのか?その理由を教えて欲しい。」
お母さんから口止めされていたことです。

少女は悲しそうな顔をしました。
黒騎士様はあわてて、少女の涙を拭いました。
「いやなことなら、言わなくて良い。ただ、もう少し、私と居て欲しいのだ。
私は、君に心を奪われてしまった。だから、君と一緒にいたいのだ。」

そんな黒騎士様を見て、少女は言いました。
母の言いつけを破って。
「私は不思議な宝石を持っているのです。この石は願い事を叶えてくれるのと引き替えにその人の命を吸い込みます。
平民の人は恐れてみんな近寄らないのですが、高貴な人たちはこれを目当てに私によってくるのです。
そうして、この宝石が自分の命と引き替えに願いを叶えると知ると、
みんな、私から離れていくのです。」

黒騎士様は、そんな彼女を抱きしめました。
「私は、離れたくはない。その話を聞いても、どこに君が悪いところがあろうか。
君は君だ。石を持っているからと関係ない。
その石は箱にしまって、鍵をかけてしまえばいい。」

少女は、黒騎士様にそう言われ、また、泣き出してしまいました。
今度は悲しい涙ではありません。
うれしい涙です。

そして、彼女はしばらくして、黒騎士様の所へ嫁ぐことになりました。
お母さんもお兄さんも妹も、少女を祝福しました。

幸せな結婚式から数年が経ちました。
二人の間には男の子と女の子が産まれました。
少女は二人のお世話で大忙しです。
黒騎士様もお暇をもらって少女を手伝っていました。

とても、とても幸福な毎日が続いていたある日、その事件は起こりました。

少女が子供部屋へいつものようにお世話をしに行った隙に、黒騎士様のお父様が少女の部屋へやってきました。
お父様は鍵のかかった箱を見つけると、持ち去ってしまいました。
それは、黒騎士様と一緒に封印した、あの、宝石だったのです。
お父様は、西の国で少女の石のことを聞いて、願いを叶えようとしたのです。

黒騎士様が、お父様に用事があって部屋に呼びに行くと、部屋にはだあれもいませんでした。
そして、あの封印したはずの紅い石が転がっていました。


それから数日が経ち、黒騎士様の弟君が、北の国の王女様に見初められて
次の王様になってしまいました。
弟君は、行方不明のお父様が帰ってきたら、大臣になってもらおうと考えていました。

しかし、いつまで待ってもお父様は帰ってきませんでした。

少女と黒騎士様は嘆きました。

 

まさか、お父様があの石のことを知ってしまうとは。
あの石に偉くなりたいといったんでしょうか。

二人は、この石を家の地下に封印して、子供達に理由を言って、代々後継ぎに守らせることにしました。

しかし、少女のお母さんの継母といい、お父様といい、一体どこに行ったのでしょうか。
二人の行方は、あの紅い宝石だけが知っているのでしょうか。

「デザイア」の魔界の想いの物語より抜粋。
著者不明。
 

4.th 約束と追憶と~Promise and recollection~

 小鳥のさえずり。
 小川のせせらぎ。
 木々のざわめき。
 そして白い光。
 「おねぼうさんのメイカ、もう朝よ。」
 母さんの声。
 いや、カノン母さんじゃない、この声はガブリエラだ。
 それじゃあここは、おばあちゃんちの隣、キワルの街にある家だ。
 何で、こんな所に居るんだろう。
 確か、私は……

 「……イカ様……」
 いかさま?
 誰がイカ?
 いや、待て、誰かがいかさましてる?
 ??

 「メイカ様、もうそろそろ起きましょう。」
 めいか。わたしのこと?

 やっとの事で、私は目を覚ました。いつの間にか眠っていて、しかも相当寝ぼけていたらしい。……なんかマヌケな事、言ってた気がするけど。
 「変な夢を見ちゃった。」
 「どんな夢ですか?」
 ラファエルが微笑みながら私に問いかける。
 「秘密。」
 私も負けないように微笑んだ。夢の話と、あの、マヌケな独り言のことは、ちょっと言いにくかった。
 忘れかけていた私の過去の想いで。何で今更夢の見るんだろう。
 「ところで、イカ様って、何です?」
 「え?」
 さっきの、寝言で言っちゃったのね……
 「な、なんでもないの、うん。……そう、そうなの、イカ焼きの夢見ちゃってさあ、突然、そのイカ焼きが
巨大化して襲ってきてさ、『きゃー、イカ様!』なんて叫んじゃったのよ。」
 言ってる最中に思いついたウソを、私は大げさに言ってのけた。……ちょっぴし罪悪感。
 ラファエルは、そうですか、と微笑み、
 「おもしろい夢ですね。」
 と言った。
 ……いい子だなぁ。
 こんなバレバレのウソを鵜呑みにできる子、そうそう居ないよ。ごめんね、変なウソついちゃって。 
 そういえば。
 一息ついたところで、私はふっと思った。
 カノン母さん、心配してるだろうな。ちょっと心配だ。
 あれこれと気になることが出てきそうなので、私はこれ以上想いふけるのをやめた。悩んでいたって仕様がない。ここからはしばらく出られないのだから。

 「メイカ、入るぞ。」
 テティが、フィラを連れて入ってくる。
 「あ、おはよう。」
 「お早う御座います。」
 思わず挨拶をしてしまう私たち。

 「今度からは、挨拶しなくて良いからね、ラファエル。」
 挨拶に頷きながららも、にっこりとそう言うフィラ。
 あ、そうか、ラファエルは『出来上がっていない』事になってるんだっけ。忘れてた。
 人形から人間にした後、意識が戻った私は、食事を持ってきてくれたテティとフィラと一緒に考えた。
 気が付いたのだ。
 チハヤは、何のためにこの子が必要なのか。
 あのペンダントを使ったことによって、この子と私の命は共有している。
 もし、変なことをされたら、私にも影響が出るのではないかと。
 「……まあ、仕方ないと思うけど。」
 「人ごとみたいに言わないでよ。」
 「人ごとだ。」
 ……テティの意地悪。
 「でも、確かに、この子をどうにかするのは可哀想ですね。」
 かえって、そういう人形は、どうでもいい性格なら良かったのだ。なまじ可愛いもんだから、可哀想になってしまう。
 「どうにかしましょうよ」
 フィラの一声。
 「……どうにかするったって、どうしろと言うんですか。」
 「……どうにかなります。考えましょう。」
 ……テティ。フィラとチハヤで板挟み。
 「……ごめん、テティ。迷惑掛けて。でも、対応方法がなければ潔く差し出すわ。……出来れば回避したいけど。」
 そう、私が言うと、しょうがねえと、渋々承諾してくれた。つき合いの良い奴だ。
 「さて、これからどうするかだよな。また、違う人形作るって言っても、時間かかりすぎちまうし。」
 テティが困ったように言う。
 そうよね、ラファエルを隠すためには、何かしなければならない。やっぱし無難なトコで『逃げる』、だろうか。でも、実際、そうしたら後が怖いなぁ。チハヤ、何するか解んないし。
 うーん……

 「ところでさ、何でこの子が必要なの?チハヤってば。」
 考えても答えが出ないので、ちょっと逃避。
 実際、何でこの子が必要なのか分かんないんだモン。
 「さあ」
 二人とも、首をすくめた。
 そりゃそーだ。願いを叶えた対象を、どうやって使うのかわたしゃ知らんぞ。どうしたって、生け贄ぐらいしか。
 「そのやり方は、チハヤ様しか知らないんだよ。大奥様直伝の魔法だから。」
 テティがため息混じりに言う。
 「だれ、大奥様って。」
 思わず出てくる、どーでもいい質問。
 「南に住んでた方だとか。そんくらいしか知らね。」
 「ふーん……」
 やっぱし、関係ないことだ。
 私は心の中で、ため息を付いた。

 朝食前の散歩。
 フィラとテティと一緒に、庭を回る。

 私は、逃げられそうな草垣の穴(?)を見つけた。
 「テティ、あの穴から、ラファエル逃がせないかなあ。」
 「出来るがな。……逃げるか?」
 「冗談。私は逃げらんないでしょ。大騒ぎになっちゃうし。」
 私は、『一応考えた、ラファエル救出プラン』を、二人に説明した。
 まず、テティに、ラファエルを私の家まで連れていかせる。そして、事情を説明(母さんは、結界を貼って守ってくれるから大丈夫。)して、テティは帰ってくる。
 「お前は?」
 「チハヤの様子をうかがって、そうしたら対応策を決める。」
 庭の中心地にある噴水にたどり着き、その前に置いてあるベンチに腰を掛ける私たち。
 「大丈夫ですか?」
 「大丈夫、でしょ。多分。」
 いやー……。でもラファエル本人は嫌だろーなー……自分だけのけ者にされたようで。
 でも、それが一番、二人にとってプラスになるんだから……
 私は、静かにごめんね、ラファエル、と言った。

 「ところで、貴方は、どこから来たのです?」
 フィラから突然、私にこんな問いをかけられた。
 「言ってなかったっけ?……東のモブ・アーレンのキワルの街から。」
 言った覚え、あんだけど。
 フィラは微笑んで弁解する。
 「聞いた気がしますけど、何分、あの時、私は気が立っていたもので。そんなに遠くから来ていたのですね。なぜだか解りますか?」
 とりあえず、ラファエルを創るため、というのは、前にも話したとおり。
 うーん、それ以外で思い当たることは……。
 「……私の祖母が、有名な人形師で、その後継者が私だからだと思うけど。」
 フィラは驚いた顔で私を見た。
 ……なんか、変なこと言ったかなぁ……

 「モブ・アーレンの、人形師?」
 「うん。」
 「おばあさまの家は、もしかしたら首都のシータにありませんか?」
 「うん、その通り。今は、もっぱら私の研究所と化してるけど。」
 フィラは、私に更に問いを出した。
 「その、人形師のおばあさんの名前は?」
 「ユキノ。ユキノ・ジュン、だけど。」
 おばあちゃんの名前を聞いて、更に、フィラは驚いたようだった。
 「メイカさん、こんな話を聞いたことはありますかか?」
 『デザイア』と呼ばれる昔話と、それにまつわる四人の師の話。

 昔、この大陸の各地に四人の名の知れた人物が居た。

 東の人形師
 西の手品師
 北の黒騎士


 そして、 
 南の修僧士

 東の人形師は創る者。
 神から与えられし物の中から、創り出すことが出来る者。
 物を極めし者。命を生み出す者。

 西の手品師は抗う者。
 古から伝わる秘術を使い、仮初めの物を創り出す者。
 心を極めし者。命を与える者。

 北の黒騎士は壊す者。
 神から与えられし力を使い、古き楔を断ち切ることが出来る者。
 体を極めし者。命を絶つ者。

 南の修僧士は流れる者。
 古の神の力を使い、すべての物事に逆らわない者。
 全てを極めし者。命を癒す者。

 代々、その一族には不思議な力が宿っていて、その呼び名を継承して行くという。

 全ての始まりは、南の神の国のラウカ・タッツの住人だと言われ、今でも、南の国は、不思議な場所だと思われている。そのため、いくつも山越えをしなければいけないその国を目指して、何人もの旅人が出るという。

 『デザイア』の物語は、全て、ラウカ・タッツが舞台だとされていて、その、登場人物のモデルは、この人形師、手品師、黒騎士だとされている。
 実際、それは本当の話で、何代も前にあったことだという説もある。
 人形師の持つ、『聖なる心』は持ち主の命を共有する宝石、手品師の持つ、『癒しの涙』は代償無しに願いの叶う宝石、そして黒騎士の持つ、『魔界の想い』は何かの命を代償に願いを叶える宝石。
 それぞれが、本当に実在しているからだ。

 この四人の子孫の消息は知れないが、おそらく、それぞれの継いだ職業で名が通っていると思われる。

 「あなたは、ユキノ様の孫娘なら、その東の人形師の末裔よ。」
 九年前、人形師、手品師、黒騎士の末裔が一堂に会したらしい。そう……ちょうど、私の記憶がないところだ。何か関係があるのだろうか?

 「貴方達が会した三年の後、チハヤ様に悲劇が起こったの。……歳は十一、……まだ小さいのに……お辛いことだったわ……。」


 ゲイブル家は北の黒騎士の末裔の、由緒正しい家柄だった。国の中でも有力な貴族で、家族仲も良く、誰からも憧れられた一家だった。

 しかし、それは表向きの話。
 本当は愛のない政略婚でくっついた両親。母親に、父親が暴力を振るい、そのとばっちりが息子のチハヤに来る始末。
 チハヤは弱音を吐かずに、一生懸命両親の心を和らげようとしていた。それは端から見ていると痛々しいほどに。
 従兄弟で家臣のテティは、今もチハヤについているが、そんな彼の心ばかりの手伝いをしていた。

 ある時、チハヤは、家の戸棚にしまわれていた、紅色の宝石を見つけた。あまりに綺麗な石だったから、父に見せに行った。
 「その石は変ないわくがあるが、そんなのは迷信だ。汚いからどこかに捨ててきなさい。」
 こんなに綺麗な石なのに。
 チハヤはこっそり自分のポケットにしまった。
 母には内緒にしていた。
 言ったら、また父から母がどんな目に遭わされるか解らないから。

 数日後。
 酒に酔った父は、いつも以上に暴力を振るった。
 家の中の調度品はぼろぼろで、家臣の者も、見て見ぬ振りをしていた。
 チハヤはじっと堪えていたが、そんな彼をめざとく見つけた父は、今度のうさ晴らしの相手に自分の息子を選んだ。
 殴る、蹴る、暴言を吐きかける。
 母は一生懸命チハヤをかばうが、それも意味がなかった。ただ、一緒に傷つくだけ。チハヤはその中で何を思っていたのだろうか。
 数分後。
 あんなに騒いでいた家の主人が静かになったのを不審がった家臣の者が広間に来てみると、チハヤが一人でたっていた。
 泣きながら、家臣にこういった。
 「母様達が、お互いに消えろって言ったの……そしたら、二人とも、消えちゃったの……母様、僕をかばって、僕のせいで、居なくなっちゃったの……」
 その手には、紫の宝石が握られていた。

 それ以来、あの家の主はチハヤ一人。
 そうして、幼いときの傷を背負ったまま、彼は生きているのだ。


 「おそらく、そのチハヤ様の持っていた宝石は、魔界の想いだったのでしょう。両親がお互いの命を賭けて、お互いを消しあった。そして、その石はチハヤ様に受け継がれた。だから、その力を恐れて、多くの家臣達が館を去っていった……それが、私の知っている、チハヤ様の過去です。あくまで、噂話なんですけれど。」
 「いや、その通りだ。噂にしては、尾ひれが付いてなかったぞ。」

 知られざる、チハヤの過去の話。
 本当の話だと、テティの証言付き。
 「チハヤって、昔は素直だったの?」
 私は思わず、そんな問いを漏らした。
 二人は微笑みながら言った。
 「とっても。」

 「と、いうわけ、らしいけど。」
 部屋で待機して、ドアから死角になるところで縫い物をしていたラファエルに、さっき、私が聞いたことを話した。
 「チハヤさんって、そんな過去をお持ちだったのですか。」
 「うん、だからあんなにひねちゃったのよね。」
 力一杯話す私。それがラファエルにはおかしかったらしい。くすくす笑ってる。ひどいや。
 「ラファエル。」
 なにげに呼ぶ私。
 「何でしょう。」
 答えるラファエル。
 「私たちは、ずっと一緒だよね。」
 一瞬、何のことだか解らないような目で、彼女は私を見たが、かまわず続ける。
 「チハヤは、肉親と離ればなれになって、親友とも、今は心が通い合っていないのよ。だからラファエル。私たちは、そんなことにならないように、ずっと友達でいようね。」
 あの話で不安になった。
 私もああなったら、どうなってしまうのか。
 きっと、自暴自棄になって、チハヤと同じになっていただろう。
 でも、ちゃんと頼れる、親友と呼べる人が居たら。こんな事にはならずに、何とかやっていけるのかも知れない。私には、テティとフィラ、そして。ラファエルが居る。
 「今から私に様は着けないで。私もラファエルのこと、親しい感じでエルって呼ぶから。貴方も何か、ほかの名前で呼んでみて。」

 エルは、私のことをメイ、と呼んだ。
 まあ、それまで、いろいろ苦労したけど。なかなか様取ってくれなかったし。
 と、いうわけで、めでたくエルと私は、親友になったのです。同じ危険を乗り越えて、ここまでずっと一緒にいたんだもの。当たり前って言や、そうなんだけどね。

 「エル、早速で悪いんだけど、ここを出て、逃げてくれない?」
 忘れかけていた。
 チハヤの話もしたけれど、メインはこの子を逃がす手はずを話し合っていたはずだ。
 私は、出来るだけ遠回しに言った。ここにいたら危険だ、と言うことを諭しながら。
 「メイは、逃げないのですか?」
 「二人で逃げたらばれちゃうでしょうが。」
 かちゃっとドアが開き、フィラ達が入ってくる。
 「用意は出来たわ。メイカと二人で中庭まで行ってね、ラファエル。テティがメイカの家まで連れて行ってくれるから。」
 エルは不審そうに私を見る。
 「まさか、私を逃がして、チハヤさんの所に行くのではないでしょうね?」
 ぎく。
 鋭いぞ、エル。
 そして、私のその思いを見破れない彼女ではなかった。
 「メイ、なぜ?なぜなんです?私を置いて、なぜ行ってしまうんですか?メイが行くのなら、私も行きます!」
 エルが、涙ながらにそう言う。
 「今生の別れじゃないんだから。」
 私は出来る限り笑う。
 その様子を見ていた二人は、心配そうにこっちを見ている。私は、その二人にも笑いかけた。出来るだけ、心配させないに越したこと無いじゃない。
 「私はエルとせっかく友達になれたのに、別れたくはない。」
 「だったら……」
 「だからよ、だからあえて連れていかない。」
 だって、あなたを連れてチハヤの所に行ったら、どうなるかが解るから。私はエルの言葉を遮り、そしてこう続けた。
 「また、私はここへ戻ってくる。あなたを残してどこかに行ったりはしない。」
 あなたが好きだから。自分が作った人形だからじゃ
ない。あなた自身が好きだから。エルは俯いた。まだ、生まれたてとは言っても、人は人。涙を隠そうとしているんだと思う。そんな彼女の頭を撫でながら、最後に言った。
 「いい、これは別れではないの。……また出会うために旅立つの。旅先から故郷を焦がれて帰ってくる旅人のように、私は必ずエルの元に帰ってくるから。」
 エルは、静かに頷いた。
 テティも、フィラも、私の目を見て首を縦に振ってくれた。
 さっきの言葉は、私自身にも言い聞かせたもの。
 ちゃんと戻ってくる意志があれば、帰ってこれると思うから。
 昼間、私はテティにエルのことを頼んだ。
 テティは、私の家を知ってるし、それに、信用できるから。
 彼は、少し不満ながらも、静かに首を縦に振ってくれたのだ。
 計画通り、彼は、エルを連れて行ってくれるだろう。

 中庭。
 人気のない、夕暮れ時に、私たちは計画を実行する。

 エルは私の手を取ると、何かを握らせた。
 それは、彼女を作ったときに着せたドレスと一緒に着けた、ガブリエラの形見のイヤリングだった。
 「このイヤリング、貴方にお返しします。」
 私の代わりに連れていってください。
 言葉にしなくても解った。
 私は思いっきり笑って行って来ます、と言った。
 回れ右をして一気に走ると、一度だけ振り返った。
 そして手を振った。

 私は景色に同化するぐらい小さくなった二人の姿を確認すると、また、フィラの居る方向に歩きだした。
 絶対に帰ってやるぞ、と意志を込めて。

 「本当に良かったの?あの子を逃がすなんて。貴方と二人の方が、どんなに安心でしょうに。」
 心配そうなフィラに、私は笑って答える。
 「大丈夫。私にはこれからすることがあるし、それに、私が居なくなったら、困るのは貴方達でしょ?」
 「それは、そうだけれど……」
 困り顔のフィラ。彼女の唇に人差し指を当てて、無言で瞳を見る。その紫水晶の様な瞳に、吸い込まれてしまいそうだ。
 「大丈夫よ。何とかなるわ。」
 確かに、ごまかせるわけはないと思うけれど、だめ元で、やってみるしかないじゃない。だから、そのために、やってみなくちゃ。諦めるなんて、私の柄じゃないしね。

 そう意気込んだその時、

 突然。
 きぃんと、頭の中が、鳴った。
 頭の中の、何かの留め金が外れた。
 いきなり、大量の映像が流れ込んでくる。

 〈メイプル〉
 不意に誰かに呼ばれた気がした。

 〈メイカ・エイプリルから取って、メイプル。〉
 頭が急速に痛くなる。
 立っていられなくなる。
 
 〈さようなら、私のメイカ。私の大事な娘。〉
 地に膝をつく。
 心配そうなフィラの声も顔も、だんだん消えていく。 
〈あなたがこの事実を受け止められたら、この記憶
の鍵は外れるわ。決して、忘れてしまった訳じゃあない。これが聖なる心の血の、副作用みたいな物なのよ。〉
 沈んで行く、沈んで行く。
 私の記憶の中へ……



 「誰だ、お前は?」
 呼び止められて、あたしは振り向いた。
 そこにはあたしよりちょっと上ぐらいの男の子が二人いた。
 「あたしはメイ。メイカ・エイプリル。七歳。」
 あたしが名前を言うと、驚いた顔をした。
 「お前が、あの人形師の孫娘か。」
 最初に声をかけてきた、顔に傷のあるの男の子が言った。なんか偉そうだから、ちょっと、気にくわないけど、おばあちゃんのお客さんかも知れないから、怒っちゃいけない。
 今日は、お客さんが、たくさん来てる。
 たしか、くろのきしさんと、てじなしのひと、だったっけ?そんな名前の人。ガブリエラも忙しいから、あたし一人で遊ぼうと思ってたから、この人達が居るなんて、思ってもみなかった。
 「おい、お前。」
 偉そうな奴が、話しかけてきた。
 「お前なんて言っちゃいけないんだよ。ちゃんと、名前で呼ばなきゃ失礼だってガブリエラが言ってたん。」
 あたしが、そう教えてあげると、偉そうな奴が、すっごくこわいかおをしたけど、後の、優しそうな子が、笑いながら言った。
 「メイカ・エイプリルって名前だっけ?」
 「うん、あなたはなんてお名前なの?」
 優しそうな人は、とっても楽しそうに、チハヤって答えた。偉そうな奴は、チハヤ君に言われて、テティウスって言った。
 「ねえねえ、チハヤ君、『ちーちゃん』って呼んでいい?」
 チハヤ君は、うれしそうに、うなづいた。
 テティウスは、なんか、いやそうだったけど、しょうがないな、と言って、あきらめた。
 テティウスに、てっちゃんってよ呼んでいい?ってきいたら、怒られちゃった。それでも名前が長いって言ったら、テティぐらいなら許してやるって言った。
 ちーちゃんが、お返しに、あだ名を付けてくれた。
 「メイプルってどうかな?」
 かわいい名前。
 どうしてメイプルなの?ってきいたら、
 「メイカ・エイプリルから取って、メイプル。」
 って言ってた。
 すっごいよ、ちーちゃん、そんなの、みんなだって思いつかないのに!
 それから、テティも、ちーちゃんも、あたしのことを、メイプルって呼んで、一緒に遊んだ。
 ちーちゃんたちは、ここに一週間居るんだって。
 遊ぶお友達が出来たから、あたし、うれしい。

 「僕のお父さんとお母さんは、いつも、喧嘩してるんだ。お母さんはいつも泣いてて、かわいそうなんだよ。」
 ある日ちーちゃんが、一緒に登った木の上で話してくれた。
 「オレはチハヤ様のとこで暮らしてるからわかるけど、あれは、だんなさまがわるいよ。だって、何でもないことで、いきなりおくさまやチハヤ様をなぐるんだもん。」
 テティも、言ってた。
 テティは優しいお父さんがいていいな、とちーちゃんが言ってたけど、お母さんは、テティを生んですぐに死んでしまったんだって。
 だからテティはなんだか怖いんだなって思った。
 「あたしには、お父さんいないから、ふたりともいいなぁ。」
 そう言うと、ふたりは、メイプルにはいないの?おとうさんって聞いてきた。
 あたしのおとうさんは、ちっちゃいときに、飛行機の事故で死んじゃった。だからあたしには、ガブリエラしかいない。
 「おばあちゃんの人形の、あの、ガブリエラのこと?」
 ふたりは不思議そうな顔をした。
 「ガブリエラは、あたしのお母さんなの。ホントだよ。今は、人間なんだ。おばあちゃんの力で、人間になれたんだよ。」
 あたしは、そういったけど、ふたりとも、しんじてくれたかなあ。
 
 あたし達は毎日、おひさまが西のお空に帰っていく頃まで、あたしたちは遊んだ。
 そのたびにテティが、
 「また、遊んでやってもいいぜ。」
 っていったから、あたしも、
 「うん、またきてね。」
 っていった。

 あたしには忘れちゃいけない約束がふたっつあるんだ。

 「ねえ、メイプル」
 ちーちゃんが、テティがお父さんの所に行ってる間に、あたしに言った。
 「もし、僕が大きくなったときに偉くなってたら、また遊んでくれる?僕と一緒に、居てくれる?」
 そう言ったあと、心配そうにあたしを見ていた。
 「うん、いいよ。ちーちゃんなら、大歓迎だよ。」
 あたしが、そう言うと、ちーちゃんは心からうれしそうな顔をしていた。
 「やくそくだよ?」
 「うん、やくそく。」
 コレが、一つ目の約束。

 もう一つの約束は、
 テティとの約束。
 
 あたしが、転んで、泣きそうになったとき、テティが、あたしに手品を見せてくれた。
 あたしが、すごいねって言うと、テティは照れてたけど、
 「当たり前だ、俺は天才魔術師けん手品師だからな」って言ってた。
 あんまりにもすごかったから、あたしもやりたくて、
 「どうしたら出来るの?」
って聞いたら、
 「お前にゃ無理だ。」
 って言われた。
 あたしが、やりたい、やりたいって言うとね、テティが少し笑って、頭を撫でてくれたの。
 それで、
 「しょうがねえなあ」
 って言って、あんなに、あたしが変な髪型って言うと怒るくらい大事にしていた、魔導師の力は、長い髪に宿るんだって自慢していたあの亜麻色の髪を、小指の長さくらい切り取って、あたしにくれたの。
 「このオレ様の髪を持ってれば、もしかしたら、少しは使えるようになるかもな。後は、お前の才能と努力次第だ。」
 そう言って、あたしのポプリ袋を取って、その中に髪を入れると、また、私の頭を撫でて言った。
 「もし、大人になって、魔法や手品が使えるようになってたら、そん時は子分にしてやるぞ。」
 言ってから、少し間をおいて、
 「……一生ついてこい。」
 って、聞こえた。テティの顔が少し赤いけど、どういう意味だろう。
 でも、テティの子分になったら、面白そうだし、テティのこと、あたし、好きだったし、
 「うん、絶対使えるようになる!」
 って、私は言った。
 テティはうれしそうに、
 「約束だぞ、絶対迎えに行くからな!」
 って言ってた。

 コレが、二つ目。
 両方とも、あたしの大事な約束だ。

 忘れたくても、きっと忘れられないんだろうなって思うよ。
 
 そうして、楽しい毎日が終わって、最後の日。
 遊んでる最中にテティがお父さんに呼ばれて戻ってくると、
 「三聖師、っていうんだって、オレ達。」
 って、楽しそうに言ってきた。
 ちーちゃんは、北の黒騎士の六代目で、
 テティは、西の手品師の六代目。
 そして、あたしは東の人形師の、六代目か七代目になるんだって。
 昔っから、この三人が集まると、良いことがあるっ
て言われてるから、今日もここにお父さん達が来てるんだって。
 「オレ達も、幸せになれると良いな。」
 みんなで指切りをした。
 幸せになって、また、この三人であえますように。

 ふたりはかえっていった。
 北にある、ガネットの国へ。
 また会いたいな。
 何てったって、一緒に遊んでくれる、子分にしてくれる約束だもんね。
 神様、大人になる前に、もう一回くらい、会わせてね。お願いします。

 「あなたがこの事実を受け止められるくらいの、そう、この家の成人にあたる十七歳になったら、この記憶の鍵は外れるわ。決して、忘れてしまった訳じゃあない。これが聖なる心の血の、副作用みたいな物なのよ。」
 ガブリエラが寂しそうに言った。
 「メイカ、あなたは他の人に、私のことを言ってしまったわ。人形が母だと、さぞびっくりされたことでしょう?だからね、メイカ。あなたの幸せのために、この、母の記憶を消すわね。義妹のカノンが、あなたを引き取るそうだから、これからは、カノンがお母さんなのよ。ちゃあんと、お母さんって呼んでね。」
 そうして、ガブリエラは、私に何か、呪文をかけた。

 そして、今。
  未だに母は、私のことをちゃん付けで呼ぶ。
 「メイカちゃん」って。

 大事なこと、忘れてた。
 私は、チハヤと会っていること。
 血の繋がった母はガブリエラなのだと言うこと。
 約束したこと。
 全て、忘れちゃいけないこと。

 記憶の鍵が開けられて、私は……
 私は……

 真実の重さと、ちょっとした罪悪感。
 そして、大人になる自分を感じた。

 もう、こどもではいけない。

 真実を見据えられる、大人にならなくちゃ。

 私は、そっと目を開けた。


 現実の世界へ戻るために。

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