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1997-11 文芸部 部誌に寄稿。

ヘンゼルとグレーテルの、おばあさん視点のお話。
童話調の「昔々」シリーズ第一弾。





 昔々ある所に、たいそう子供が好きなおばあさんがいましたとさ。
 そのおばあさんは、遊びに来てくれる子供達が可愛くて可愛くて仕方がありませんでした。
 それだからいつも、昔話をしたり、手作りのお菓子をごちそうしたり、野原で一緒に遊んだりしました。
 とても子供が好きだったので、ついに得意なお菓子を使ってお菓子の家まで作ってしまいました。
 子供達はその家の窓だった氷砂糖を食べ、屋根だったチョコレートを食べ、柱だった練りようかんを食べました。
 そうして家の一部が無くなると、おばあさんはいそいでお菓子で修理をしました。
 とても大変だったけれども、おばあさんは子供の笑顔を見るのが、疲れが飛んでいくほどうれしかったのです。
 おばあさんの住んでいる森の近くには、小さな村がありました。
 子供達はみんなその村から来ています。
 そこに住む大人達もみんな、そのおばあさんがとても好きでした。
 おばあさんはみんなの人気者でした。

 ある日のことです。
 おばあさんの所に一人の女の人が訪ねてきました。
 女の人はよくここに遊びに来る、ハンスという男の子のお母さんでした。
 「おばあさん、うちのハンスが帰ってこないのです!」
 ハンスのお母さんは言いました。
 「おばあさんのところへ行くと家をでたきり帰ってこないのです。」
 「それはおかしいね。ここのところ、ハンスはうちに来てはいないよ。」
 と、おばあさん。
 「ハンスをさがさなくては!」
 おばあさんは村のみんなに手伝ってもらって、ハンスを探しました。

 三日三晩寝ずに探しましたが、ハンスはどこにも見つかりません。
 ハンスはどこに消えてしまったんでしょう?

 おばあさんは言いました。
 「もしかしたら、隣り森の魔女に連れて行かれたのかもしれない」
 隣り森の魔女とは、子供をさらっては食べてしまうという、恐ろしいおばあさんのことです。
 ハンスのお母さんは、わっと泣き崩れてしまいました。

 「泣くんじゃないよ」
 おばあさんが慰めても、ハンスのお母さんは泣きやみません。
 おばあさんは優しく言います。
 「ハンスは私が連れ帰ってくるよ」
 ハンスのお母さんや村の人たちは、驚いておばあさんを見ました。
 「おばあさん、危ないですよ!」
 「やめた方がいいですよ」
 村の人たちは口々に言いましたが、おばあさんはあきらめませんでした。
 とうとうおばあさんは、一人きりで隣り森へ旅立ってしまいました。

 隣り森の入り口に着いたのは夜明け頃でした。
 おばあさんが一休みしようと木陰に近づくと、そこには看板がありました。
 『ここを通る者は、背中が曲がりよぼよぼになる』
 おばあさんは、年を取っていましたが、背筋はまっすぐで、とても若く見えるのでした。
 看板を見たおばあさんは、
 「どうせすぐに背中が曲がる日が来るんだ」
 と、森に入っていきました。
 するとどうでしょう。
 まっすぐだったおばあさんの背筋が、みるみるうちに六時五十分の角度に曲がってしまいました。
 この森には、魔女の呪いがかかっていたのでした。
 それでもハンスのためにと、おばあさんはどんどん奥に進んでいきました。

 しばらく進むとまた看板がありました。
 『ここを通る者は、目が赤くただれてよく見えなくなる』
 おばあさんはこの看板を見ても進むのをやめません。
 「どうせもうすぐ、あまり目が見えなくなるんだ」
 そう思って看板の横を通り抜けました。
 するとどうでしょう。
 おばあさんの目は赤くただれて、物がよく見えなくなってしまいました。
 おばあさんはあきらめずに、奥へ奥へと進みます。

 そしてついに、おばあさんは魔女の住む館へたどり着いたのです。
 「魔女や、魔女。ハンスという男の子を知らんかね」
 おばあさんは館へ向かって叫びました。
 しばらくしいんとした後に、
 「村はずれの変わり者のばあさんか。ハンスならここにいるよ。ちょうど食べようと思っていたところさね」
 と、森に魔女の声が響き渡りました。
 「その子を迎えに来たんだよ。帰してくれんか?」
 魔女の居場所もわからずに、おばあさんは必死に叫びます。
 「帰してもよいがね、代わりに欲しい物があるさ。それをくれれば考えてやるよ」
 魔女はゆったりとそう言います。
 「何だい?」
 「おまえさんの好きなものを大切に思う心が欲しいね」
 おばあさんは思いました。
 「どうせすぐにこの老いぼれは天に召されていくのだから」
 そうしてハンスを助けるために、おばあさんは首を縦に振ってしまいました。
 
 おばあさんが村を出てから三日後に、ハンスは泣きながら帰ってきました。
 お母さんの腕の中で泣きじゃくりながら、彼は言いました。
 「おばあさんが魔女になっちゃった……」


 昔々ある所に、たいそう子供が好きなおばあさんがいましたとさ。
 そのおばあさんは、遊びに来てくれる子供達が可愛くて可愛くて仕方がありませんでした。
 それだからいつも、可愛さのあまり、その子供達を食べてしまいました。
 魔女にとられた心の隙間には、彼女によって恐ろしい魔法と、好きなものを殺してしまう悪い心が、代わりに詰めこめられてしまったのです。
 恐ろしく思って逃げ出そうとした村の大人達まですべて、魔法で殺してしまいました。
 優しかったおばあさんは、恐ろしい魔女となって、お菓子の家に住みながら、おいしそうな子供が来るのを待ちかまえていました。

 その後、おばあさんがどうなったかは皆さんの知るとおり。
 小さな兄妹によって、かまどに詰められ焼き殺されるのです。
 やさしいやさしいおばあさんは、愛する子供に殺されるのでした。

 めでたし、めでたし。





あとがき。

めでたくねー!
当時、これを書き上げた直後に本当は怖いグリム童話とかが流行りだして、わたし流行の最先端?!とかネタにしたのを覚えてます。
けっこう好評だったと思う……。

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