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昔々、北の国に騎士様がいました。

北の国ではとても強くて、いつも黒い鎧を着けていたので黒騎士様と呼ばれていました。

ある時、黒騎士様が、西の国へ王様の伝令として行かれたたとき、宿を取った街で一人の少女を見つけました。

「そこの君」
黒騎士様は言いました。
「君は、なんて言う名前なのだ?」
少女はびっくりして逃げようとしましたが、あまりに黒騎士様が寂しそうな顔をなさるので小さな声で言いました。
「名乗れる名前なんてございません、騎士様。」

騎士様は言いました。
この街に滞在する間で良いから、私につき合ってくれないか、と。
少女は言いました。
私は、理由はいえませんが、立派な方にお仕えすることは出来ないのです。

ですが、黒騎士様はあきらめません。
「仕えなくて良いから、ただ、話し相手になってくれるだけでいい。」
少女は困ってしまいました。
「私と騎士様が何かしら関わりを持つと、貴方が不幸になってしまいます。」

そう言っても、黒騎士様は聞きません。


「じゃあ、一日だけ」
少女は思いました。

自分のことを語れば、きっと自分から離れていってくれる。
昔、好きだった人が離れていったように。

やがて、黒騎士様が伝令を伝え、この街に戻ってこられると、少女はお母さんとお兄さん、妹に昼間の出来事を話しました。

「やがて、黒騎士様はこちらにやってこられます。私は一日だけ、話し相手になると約束してしまいました。だから、今晩だけ、行って参ります。」

お母さんは言いました。
「石のことは黙っていなさい。もし知れたら、その人を不幸にしてしまいますよ。」

石とは、お母さんの継母を金貨にしてしまった、あの紅い石でした。
お母さんは、あの、優しい娘だったのです。
今は裕福な家の優しい旦那さんをもらって、西の国で暮らしていたのです。

少女は頷きました。
お母さんにあった不幸はよくわかっているわ、と。

少女は、あの黒騎士様がなぜか気になっていたのです。
だから、絶対に不幸にしたくはありませんでした。


やがて、黒騎士様が少女の家に来ました。
少女は黒騎士様の馬に一緒に乗り、宿の方へと行きました。

「君、わざわざすまないことをした。」
黒騎士様はそう言うと、少女を馬から下ろしました。
「いいえ、大丈夫です。」
娘は頬を赤らめて言いました。
黒騎士様に見つめられて緊張してしまったのです。
無理もありません。
プラチナブロンドの髪に整った顔立ち。
黒騎士様は、とても綺麗な方でいらっしゃったのですから。

黒騎士様は言いました。
「なぜ、君は私を避けようとしているのか?その理由を教えて欲しい。」
お母さんから口止めされていたことです。

少女は悲しそうな顔をしました。
黒騎士様はあわてて、少女の涙を拭いました。
「いやなことなら、言わなくて良い。ただ、もう少し、私と居て欲しいのだ。
私は、君に心を奪われてしまった。だから、君と一緒にいたいのだ。」

そんな黒騎士様を見て、少女は言いました。
母の言いつけを破って。
「私は不思議な宝石を持っているのです。この石は願い事を叶えてくれるのと引き替えにその人の命を吸い込みます。
平民の人は恐れてみんな近寄らないのですが、高貴な人たちはこれを目当てに私によってくるのです。
そうして、この宝石が自分の命と引き替えに願いを叶えると知ると、
みんな、私から離れていくのです。」

黒騎士様は、そんな彼女を抱きしめました。
「私は、離れたくはない。その話を聞いても、どこに君が悪いところがあろうか。
君は君だ。石を持っているからと関係ない。
その石は箱にしまって、鍵をかけてしまえばいい。」

少女は、黒騎士様にそう言われ、また、泣き出してしまいました。
今度は悲しい涙ではありません。
うれしい涙です。

そして、彼女はしばらくして、黒騎士様の所へ嫁ぐことになりました。
お母さんもお兄さんも妹も、少女を祝福しました。

幸せな結婚式から数年が経ちました。
二人の間には男の子と女の子が産まれました。
少女は二人のお世話で大忙しです。
黒騎士様もお暇をもらって少女を手伝っていました。

とても、とても幸福な毎日が続いていたある日、その事件は起こりました。

少女が子供部屋へいつものようにお世話をしに行った隙に、黒騎士様のお父様が少女の部屋へやってきました。
お父様は鍵のかかった箱を見つけると、持ち去ってしまいました。
それは、黒騎士様と一緒に封印した、あの、宝石だったのです。
お父様は、西の国で少女の石のことを聞いて、願いを叶えようとしたのです。

黒騎士様が、お父様に用事があって部屋に呼びに行くと、部屋にはだあれもいませんでした。
そして、あの封印したはずの紅い石が転がっていました。


それから数日が経ち、黒騎士様の弟君が、北の国の王女様に見初められて
次の王様になってしまいました。
弟君は、行方不明のお父様が帰ってきたら、大臣になってもらおうと考えていました。

しかし、いつまで待ってもお父様は帰ってきませんでした。

少女と黒騎士様は嘆きました。

 

まさか、お父様があの石のことを知ってしまうとは。
あの石に偉くなりたいといったんでしょうか。

二人は、この石を家の地下に封印して、子供達に理由を言って、代々後継ぎに守らせることにしました。

しかし、少女のお母さんの継母といい、お父様といい、一体どこに行ったのでしょうか。
二人の行方は、あの紅い宝石だけが知っているのでしょうか。

「デザイア」の魔界の想いの物語より抜粋。
著者不明。
 

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4.th 約束と追憶と~Promise and recollection~

 小鳥のさえずり。
 小川のせせらぎ。
 木々のざわめき。
 そして白い光。
 「おねぼうさんのメイカ、もう朝よ。」
 母さんの声。
 いや、カノン母さんじゃない、この声はガブリエラだ。
 それじゃあここは、おばあちゃんちの隣、キワルの街にある家だ。
 何で、こんな所に居るんだろう。
 確か、私は……

 「……イカ様……」
 いかさま?
 誰がイカ?
 いや、待て、誰かがいかさましてる?
 ??

 「メイカ様、もうそろそろ起きましょう。」
 めいか。わたしのこと?

 やっとの事で、私は目を覚ました。いつの間にか眠っていて、しかも相当寝ぼけていたらしい。……なんかマヌケな事、言ってた気がするけど。
 「変な夢を見ちゃった。」
 「どんな夢ですか?」
 ラファエルが微笑みながら私に問いかける。
 「秘密。」
 私も負けないように微笑んだ。夢の話と、あの、マヌケな独り言のことは、ちょっと言いにくかった。
 忘れかけていた私の過去の想いで。何で今更夢の見るんだろう。
 「ところで、イカ様って、何です?」
 「え?」
 さっきの、寝言で言っちゃったのね……
 「な、なんでもないの、うん。……そう、そうなの、イカ焼きの夢見ちゃってさあ、突然、そのイカ焼きが
巨大化して襲ってきてさ、『きゃー、イカ様!』なんて叫んじゃったのよ。」
 言ってる最中に思いついたウソを、私は大げさに言ってのけた。……ちょっぴし罪悪感。
 ラファエルは、そうですか、と微笑み、
 「おもしろい夢ですね。」
 と言った。
 ……いい子だなぁ。
 こんなバレバレのウソを鵜呑みにできる子、そうそう居ないよ。ごめんね、変なウソついちゃって。 
 そういえば。
 一息ついたところで、私はふっと思った。
 カノン母さん、心配してるだろうな。ちょっと心配だ。
 あれこれと気になることが出てきそうなので、私はこれ以上想いふけるのをやめた。悩んでいたって仕様がない。ここからはしばらく出られないのだから。

 「メイカ、入るぞ。」
 テティが、フィラを連れて入ってくる。
 「あ、おはよう。」
 「お早う御座います。」
 思わず挨拶をしてしまう私たち。

 「今度からは、挨拶しなくて良いからね、ラファエル。」
 挨拶に頷きながららも、にっこりとそう言うフィラ。
 あ、そうか、ラファエルは『出来上がっていない』事になってるんだっけ。忘れてた。
 人形から人間にした後、意識が戻った私は、食事を持ってきてくれたテティとフィラと一緒に考えた。
 気が付いたのだ。
 チハヤは、何のためにこの子が必要なのか。
 あのペンダントを使ったことによって、この子と私の命は共有している。
 もし、変なことをされたら、私にも影響が出るのではないかと。
 「……まあ、仕方ないと思うけど。」
 「人ごとみたいに言わないでよ。」
 「人ごとだ。」
 ……テティの意地悪。
 「でも、確かに、この子をどうにかするのは可哀想ですね。」
 かえって、そういう人形は、どうでもいい性格なら良かったのだ。なまじ可愛いもんだから、可哀想になってしまう。
 「どうにかしましょうよ」
 フィラの一声。
 「……どうにかするったって、どうしろと言うんですか。」
 「……どうにかなります。考えましょう。」
 ……テティ。フィラとチハヤで板挟み。
 「……ごめん、テティ。迷惑掛けて。でも、対応方法がなければ潔く差し出すわ。……出来れば回避したいけど。」
 そう、私が言うと、しょうがねえと、渋々承諾してくれた。つき合いの良い奴だ。
 「さて、これからどうするかだよな。また、違う人形作るって言っても、時間かかりすぎちまうし。」
 テティが困ったように言う。
 そうよね、ラファエルを隠すためには、何かしなければならない。やっぱし無難なトコで『逃げる』、だろうか。でも、実際、そうしたら後が怖いなぁ。チハヤ、何するか解んないし。
 うーん……

 「ところでさ、何でこの子が必要なの?チハヤってば。」
 考えても答えが出ないので、ちょっと逃避。
 実際、何でこの子が必要なのか分かんないんだモン。
 「さあ」
 二人とも、首をすくめた。
 そりゃそーだ。願いを叶えた対象を、どうやって使うのかわたしゃ知らんぞ。どうしたって、生け贄ぐらいしか。
 「そのやり方は、チハヤ様しか知らないんだよ。大奥様直伝の魔法だから。」
 テティがため息混じりに言う。
 「だれ、大奥様って。」
 思わず出てくる、どーでもいい質問。
 「南に住んでた方だとか。そんくらいしか知らね。」
 「ふーん……」
 やっぱし、関係ないことだ。
 私は心の中で、ため息を付いた。

 朝食前の散歩。
 フィラとテティと一緒に、庭を回る。

 私は、逃げられそうな草垣の穴(?)を見つけた。
 「テティ、あの穴から、ラファエル逃がせないかなあ。」
 「出来るがな。……逃げるか?」
 「冗談。私は逃げらんないでしょ。大騒ぎになっちゃうし。」
 私は、『一応考えた、ラファエル救出プラン』を、二人に説明した。
 まず、テティに、ラファエルを私の家まで連れていかせる。そして、事情を説明(母さんは、結界を貼って守ってくれるから大丈夫。)して、テティは帰ってくる。
 「お前は?」
 「チハヤの様子をうかがって、そうしたら対応策を決める。」
 庭の中心地にある噴水にたどり着き、その前に置いてあるベンチに腰を掛ける私たち。
 「大丈夫ですか?」
 「大丈夫、でしょ。多分。」
 いやー……。でもラファエル本人は嫌だろーなー……自分だけのけ者にされたようで。
 でも、それが一番、二人にとってプラスになるんだから……
 私は、静かにごめんね、ラファエル、と言った。

 「ところで、貴方は、どこから来たのです?」
 フィラから突然、私にこんな問いをかけられた。
 「言ってなかったっけ?……東のモブ・アーレンのキワルの街から。」
 言った覚え、あんだけど。
 フィラは微笑んで弁解する。
 「聞いた気がしますけど、何分、あの時、私は気が立っていたもので。そんなに遠くから来ていたのですね。なぜだか解りますか?」
 とりあえず、ラファエルを創るため、というのは、前にも話したとおり。
 うーん、それ以外で思い当たることは……。
 「……私の祖母が、有名な人形師で、その後継者が私だからだと思うけど。」
 フィラは驚いた顔で私を見た。
 ……なんか、変なこと言ったかなぁ……

 「モブ・アーレンの、人形師?」
 「うん。」
 「おばあさまの家は、もしかしたら首都のシータにありませんか?」
 「うん、その通り。今は、もっぱら私の研究所と化してるけど。」
 フィラは、私に更に問いを出した。
 「その、人形師のおばあさんの名前は?」
 「ユキノ。ユキノ・ジュン、だけど。」
 おばあちゃんの名前を聞いて、更に、フィラは驚いたようだった。
 「メイカさん、こんな話を聞いたことはありますかか?」
 『デザイア』と呼ばれる昔話と、それにまつわる四人の師の話。

 昔、この大陸の各地に四人の名の知れた人物が居た。

 東の人形師
 西の手品師
 北の黒騎士


 そして、 
 南の修僧士

 東の人形師は創る者。
 神から与えられし物の中から、創り出すことが出来る者。
 物を極めし者。命を生み出す者。

 西の手品師は抗う者。
 古から伝わる秘術を使い、仮初めの物を創り出す者。
 心を極めし者。命を与える者。

 北の黒騎士は壊す者。
 神から与えられし力を使い、古き楔を断ち切ることが出来る者。
 体を極めし者。命を絶つ者。

 南の修僧士は流れる者。
 古の神の力を使い、すべての物事に逆らわない者。
 全てを極めし者。命を癒す者。

 代々、その一族には不思議な力が宿っていて、その呼び名を継承して行くという。

 全ての始まりは、南の神の国のラウカ・タッツの住人だと言われ、今でも、南の国は、不思議な場所だと思われている。そのため、いくつも山越えをしなければいけないその国を目指して、何人もの旅人が出るという。

 『デザイア』の物語は、全て、ラウカ・タッツが舞台だとされていて、その、登場人物のモデルは、この人形師、手品師、黒騎士だとされている。
 実際、それは本当の話で、何代も前にあったことだという説もある。
 人形師の持つ、『聖なる心』は持ち主の命を共有する宝石、手品師の持つ、『癒しの涙』は代償無しに願いの叶う宝石、そして黒騎士の持つ、『魔界の想い』は何かの命を代償に願いを叶える宝石。
 それぞれが、本当に実在しているからだ。

 この四人の子孫の消息は知れないが、おそらく、それぞれの継いだ職業で名が通っていると思われる。

 「あなたは、ユキノ様の孫娘なら、その東の人形師の末裔よ。」
 九年前、人形師、手品師、黒騎士の末裔が一堂に会したらしい。そう……ちょうど、私の記憶がないところだ。何か関係があるのだろうか?

 「貴方達が会した三年の後、チハヤ様に悲劇が起こったの。……歳は十一、……まだ小さいのに……お辛いことだったわ……。」


 ゲイブル家は北の黒騎士の末裔の、由緒正しい家柄だった。国の中でも有力な貴族で、家族仲も良く、誰からも憧れられた一家だった。

 しかし、それは表向きの話。
 本当は愛のない政略婚でくっついた両親。母親に、父親が暴力を振るい、そのとばっちりが息子のチハヤに来る始末。
 チハヤは弱音を吐かずに、一生懸命両親の心を和らげようとしていた。それは端から見ていると痛々しいほどに。
 従兄弟で家臣のテティは、今もチハヤについているが、そんな彼の心ばかりの手伝いをしていた。

 ある時、チハヤは、家の戸棚にしまわれていた、紅色の宝石を見つけた。あまりに綺麗な石だったから、父に見せに行った。
 「その石は変ないわくがあるが、そんなのは迷信だ。汚いからどこかに捨ててきなさい。」
 こんなに綺麗な石なのに。
 チハヤはこっそり自分のポケットにしまった。
 母には内緒にしていた。
 言ったら、また父から母がどんな目に遭わされるか解らないから。

 数日後。
 酒に酔った父は、いつも以上に暴力を振るった。
 家の中の調度品はぼろぼろで、家臣の者も、見て見ぬ振りをしていた。
 チハヤはじっと堪えていたが、そんな彼をめざとく見つけた父は、今度のうさ晴らしの相手に自分の息子を選んだ。
 殴る、蹴る、暴言を吐きかける。
 母は一生懸命チハヤをかばうが、それも意味がなかった。ただ、一緒に傷つくだけ。チハヤはその中で何を思っていたのだろうか。
 数分後。
 あんなに騒いでいた家の主人が静かになったのを不審がった家臣の者が広間に来てみると、チハヤが一人でたっていた。
 泣きながら、家臣にこういった。
 「母様達が、お互いに消えろって言ったの……そしたら、二人とも、消えちゃったの……母様、僕をかばって、僕のせいで、居なくなっちゃったの……」
 その手には、紫の宝石が握られていた。

 それ以来、あの家の主はチハヤ一人。
 そうして、幼いときの傷を背負ったまま、彼は生きているのだ。


 「おそらく、そのチハヤ様の持っていた宝石は、魔界の想いだったのでしょう。両親がお互いの命を賭けて、お互いを消しあった。そして、その石はチハヤ様に受け継がれた。だから、その力を恐れて、多くの家臣達が館を去っていった……それが、私の知っている、チハヤ様の過去です。あくまで、噂話なんですけれど。」
 「いや、その通りだ。噂にしては、尾ひれが付いてなかったぞ。」

 知られざる、チハヤの過去の話。
 本当の話だと、テティの証言付き。
 「チハヤって、昔は素直だったの?」
 私は思わず、そんな問いを漏らした。
 二人は微笑みながら言った。
 「とっても。」

 「と、いうわけ、らしいけど。」
 部屋で待機して、ドアから死角になるところで縫い物をしていたラファエルに、さっき、私が聞いたことを話した。
 「チハヤさんって、そんな過去をお持ちだったのですか。」
 「うん、だからあんなにひねちゃったのよね。」
 力一杯話す私。それがラファエルにはおかしかったらしい。くすくす笑ってる。ひどいや。
 「ラファエル。」
 なにげに呼ぶ私。
 「何でしょう。」
 答えるラファエル。
 「私たちは、ずっと一緒だよね。」
 一瞬、何のことだか解らないような目で、彼女は私を見たが、かまわず続ける。
 「チハヤは、肉親と離ればなれになって、親友とも、今は心が通い合っていないのよ。だからラファエル。私たちは、そんなことにならないように、ずっと友達でいようね。」
 あの話で不安になった。
 私もああなったら、どうなってしまうのか。
 きっと、自暴自棄になって、チハヤと同じになっていただろう。
 でも、ちゃんと頼れる、親友と呼べる人が居たら。こんな事にはならずに、何とかやっていけるのかも知れない。私には、テティとフィラ、そして。ラファエルが居る。
 「今から私に様は着けないで。私もラファエルのこと、親しい感じでエルって呼ぶから。貴方も何か、ほかの名前で呼んでみて。」

 エルは、私のことをメイ、と呼んだ。
 まあ、それまで、いろいろ苦労したけど。なかなか様取ってくれなかったし。
 と、いうわけで、めでたくエルと私は、親友になったのです。同じ危険を乗り越えて、ここまでずっと一緒にいたんだもの。当たり前って言や、そうなんだけどね。

 「エル、早速で悪いんだけど、ここを出て、逃げてくれない?」
 忘れかけていた。
 チハヤの話もしたけれど、メインはこの子を逃がす手はずを話し合っていたはずだ。
 私は、出来るだけ遠回しに言った。ここにいたら危険だ、と言うことを諭しながら。
 「メイは、逃げないのですか?」
 「二人で逃げたらばれちゃうでしょうが。」
 かちゃっとドアが開き、フィラ達が入ってくる。
 「用意は出来たわ。メイカと二人で中庭まで行ってね、ラファエル。テティがメイカの家まで連れて行ってくれるから。」
 エルは不審そうに私を見る。
 「まさか、私を逃がして、チハヤさんの所に行くのではないでしょうね?」
 ぎく。
 鋭いぞ、エル。
 そして、私のその思いを見破れない彼女ではなかった。
 「メイ、なぜ?なぜなんです?私を置いて、なぜ行ってしまうんですか?メイが行くのなら、私も行きます!」
 エルが、涙ながらにそう言う。
 「今生の別れじゃないんだから。」
 私は出来る限り笑う。
 その様子を見ていた二人は、心配そうにこっちを見ている。私は、その二人にも笑いかけた。出来るだけ、心配させないに越したこと無いじゃない。
 「私はエルとせっかく友達になれたのに、別れたくはない。」
 「だったら……」
 「だからよ、だからあえて連れていかない。」
 だって、あなたを連れてチハヤの所に行ったら、どうなるかが解るから。私はエルの言葉を遮り、そしてこう続けた。
 「また、私はここへ戻ってくる。あなたを残してどこかに行ったりはしない。」
 あなたが好きだから。自分が作った人形だからじゃ
ない。あなた自身が好きだから。エルは俯いた。まだ、生まれたてとは言っても、人は人。涙を隠そうとしているんだと思う。そんな彼女の頭を撫でながら、最後に言った。
 「いい、これは別れではないの。……また出会うために旅立つの。旅先から故郷を焦がれて帰ってくる旅人のように、私は必ずエルの元に帰ってくるから。」
 エルは、静かに頷いた。
 テティも、フィラも、私の目を見て首を縦に振ってくれた。
 さっきの言葉は、私自身にも言い聞かせたもの。
 ちゃんと戻ってくる意志があれば、帰ってこれると思うから。
 昼間、私はテティにエルのことを頼んだ。
 テティは、私の家を知ってるし、それに、信用できるから。
 彼は、少し不満ながらも、静かに首を縦に振ってくれたのだ。
 計画通り、彼は、エルを連れて行ってくれるだろう。

 中庭。
 人気のない、夕暮れ時に、私たちは計画を実行する。

 エルは私の手を取ると、何かを握らせた。
 それは、彼女を作ったときに着せたドレスと一緒に着けた、ガブリエラの形見のイヤリングだった。
 「このイヤリング、貴方にお返しします。」
 私の代わりに連れていってください。
 言葉にしなくても解った。
 私は思いっきり笑って行って来ます、と言った。
 回れ右をして一気に走ると、一度だけ振り返った。
 そして手を振った。

 私は景色に同化するぐらい小さくなった二人の姿を確認すると、また、フィラの居る方向に歩きだした。
 絶対に帰ってやるぞ、と意志を込めて。

 「本当に良かったの?あの子を逃がすなんて。貴方と二人の方が、どんなに安心でしょうに。」
 心配そうなフィラに、私は笑って答える。
 「大丈夫。私にはこれからすることがあるし、それに、私が居なくなったら、困るのは貴方達でしょ?」
 「それは、そうだけれど……」
 困り顔のフィラ。彼女の唇に人差し指を当てて、無言で瞳を見る。その紫水晶の様な瞳に、吸い込まれてしまいそうだ。
 「大丈夫よ。何とかなるわ。」
 確かに、ごまかせるわけはないと思うけれど、だめ元で、やってみるしかないじゃない。だから、そのために、やってみなくちゃ。諦めるなんて、私の柄じゃないしね。

 そう意気込んだその時、

 突然。
 きぃんと、頭の中が、鳴った。
 頭の中の、何かの留め金が外れた。
 いきなり、大量の映像が流れ込んでくる。

 〈メイプル〉
 不意に誰かに呼ばれた気がした。

 〈メイカ・エイプリルから取って、メイプル。〉
 頭が急速に痛くなる。
 立っていられなくなる。
 
 〈さようなら、私のメイカ。私の大事な娘。〉
 地に膝をつく。
 心配そうなフィラの声も顔も、だんだん消えていく。 
〈あなたがこの事実を受け止められたら、この記憶
の鍵は外れるわ。決して、忘れてしまった訳じゃあない。これが聖なる心の血の、副作用みたいな物なのよ。〉
 沈んで行く、沈んで行く。
 私の記憶の中へ……



 「誰だ、お前は?」
 呼び止められて、あたしは振り向いた。
 そこにはあたしよりちょっと上ぐらいの男の子が二人いた。
 「あたしはメイ。メイカ・エイプリル。七歳。」
 あたしが名前を言うと、驚いた顔をした。
 「お前が、あの人形師の孫娘か。」
 最初に声をかけてきた、顔に傷のあるの男の子が言った。なんか偉そうだから、ちょっと、気にくわないけど、おばあちゃんのお客さんかも知れないから、怒っちゃいけない。
 今日は、お客さんが、たくさん来てる。
 たしか、くろのきしさんと、てじなしのひと、だったっけ?そんな名前の人。ガブリエラも忙しいから、あたし一人で遊ぼうと思ってたから、この人達が居るなんて、思ってもみなかった。
 「おい、お前。」
 偉そうな奴が、話しかけてきた。
 「お前なんて言っちゃいけないんだよ。ちゃんと、名前で呼ばなきゃ失礼だってガブリエラが言ってたん。」
 あたしが、そう教えてあげると、偉そうな奴が、すっごくこわいかおをしたけど、後の、優しそうな子が、笑いながら言った。
 「メイカ・エイプリルって名前だっけ?」
 「うん、あなたはなんてお名前なの?」
 優しそうな人は、とっても楽しそうに、チハヤって答えた。偉そうな奴は、チハヤ君に言われて、テティウスって言った。
 「ねえねえ、チハヤ君、『ちーちゃん』って呼んでいい?」
 チハヤ君は、うれしそうに、うなづいた。
 テティウスは、なんか、いやそうだったけど、しょうがないな、と言って、あきらめた。
 テティウスに、てっちゃんってよ呼んでいい?ってきいたら、怒られちゃった。それでも名前が長いって言ったら、テティぐらいなら許してやるって言った。
 ちーちゃんが、お返しに、あだ名を付けてくれた。
 「メイプルってどうかな?」
 かわいい名前。
 どうしてメイプルなの?ってきいたら、
 「メイカ・エイプリルから取って、メイプル。」
 って言ってた。
 すっごいよ、ちーちゃん、そんなの、みんなだって思いつかないのに!
 それから、テティも、ちーちゃんも、あたしのことを、メイプルって呼んで、一緒に遊んだ。
 ちーちゃんたちは、ここに一週間居るんだって。
 遊ぶお友達が出来たから、あたし、うれしい。

 「僕のお父さんとお母さんは、いつも、喧嘩してるんだ。お母さんはいつも泣いてて、かわいそうなんだよ。」
 ある日ちーちゃんが、一緒に登った木の上で話してくれた。
 「オレはチハヤ様のとこで暮らしてるからわかるけど、あれは、だんなさまがわるいよ。だって、何でもないことで、いきなりおくさまやチハヤ様をなぐるんだもん。」
 テティも、言ってた。
 テティは優しいお父さんがいていいな、とちーちゃんが言ってたけど、お母さんは、テティを生んですぐに死んでしまったんだって。
 だからテティはなんだか怖いんだなって思った。
 「あたしには、お父さんいないから、ふたりともいいなぁ。」
 そう言うと、ふたりは、メイプルにはいないの?おとうさんって聞いてきた。
 あたしのおとうさんは、ちっちゃいときに、飛行機の事故で死んじゃった。だからあたしには、ガブリエラしかいない。
 「おばあちゃんの人形の、あの、ガブリエラのこと?」
 ふたりは不思議そうな顔をした。
 「ガブリエラは、あたしのお母さんなの。ホントだよ。今は、人間なんだ。おばあちゃんの力で、人間になれたんだよ。」
 あたしは、そういったけど、ふたりとも、しんじてくれたかなあ。
 
 あたし達は毎日、おひさまが西のお空に帰っていく頃まで、あたしたちは遊んだ。
 そのたびにテティが、
 「また、遊んでやってもいいぜ。」
 っていったから、あたしも、
 「うん、またきてね。」
 っていった。

 あたしには忘れちゃいけない約束がふたっつあるんだ。

 「ねえ、メイプル」
 ちーちゃんが、テティがお父さんの所に行ってる間に、あたしに言った。
 「もし、僕が大きくなったときに偉くなってたら、また遊んでくれる?僕と一緒に、居てくれる?」
 そう言ったあと、心配そうにあたしを見ていた。
 「うん、いいよ。ちーちゃんなら、大歓迎だよ。」
 あたしが、そう言うと、ちーちゃんは心からうれしそうな顔をしていた。
 「やくそくだよ?」
 「うん、やくそく。」
 コレが、一つ目の約束。

 もう一つの約束は、
 テティとの約束。
 
 あたしが、転んで、泣きそうになったとき、テティが、あたしに手品を見せてくれた。
 あたしが、すごいねって言うと、テティは照れてたけど、
 「当たり前だ、俺は天才魔術師けん手品師だからな」って言ってた。
 あんまりにもすごかったから、あたしもやりたくて、
 「どうしたら出来るの?」
って聞いたら、
 「お前にゃ無理だ。」
 って言われた。
 あたしが、やりたい、やりたいって言うとね、テティが少し笑って、頭を撫でてくれたの。
 それで、
 「しょうがねえなあ」
 って言って、あんなに、あたしが変な髪型って言うと怒るくらい大事にしていた、魔導師の力は、長い髪に宿るんだって自慢していたあの亜麻色の髪を、小指の長さくらい切り取って、あたしにくれたの。
 「このオレ様の髪を持ってれば、もしかしたら、少しは使えるようになるかもな。後は、お前の才能と努力次第だ。」
 そう言って、あたしのポプリ袋を取って、その中に髪を入れると、また、私の頭を撫でて言った。
 「もし、大人になって、魔法や手品が使えるようになってたら、そん時は子分にしてやるぞ。」
 言ってから、少し間をおいて、
 「……一生ついてこい。」
 って、聞こえた。テティの顔が少し赤いけど、どういう意味だろう。
 でも、テティの子分になったら、面白そうだし、テティのこと、あたし、好きだったし、
 「うん、絶対使えるようになる!」
 って、私は言った。
 テティはうれしそうに、
 「約束だぞ、絶対迎えに行くからな!」
 って言ってた。

 コレが、二つ目。
 両方とも、あたしの大事な約束だ。

 忘れたくても、きっと忘れられないんだろうなって思うよ。
 
 そうして、楽しい毎日が終わって、最後の日。
 遊んでる最中にテティがお父さんに呼ばれて戻ってくると、
 「三聖師、っていうんだって、オレ達。」
 って、楽しそうに言ってきた。
 ちーちゃんは、北の黒騎士の六代目で、
 テティは、西の手品師の六代目。
 そして、あたしは東の人形師の、六代目か七代目になるんだって。
 昔っから、この三人が集まると、良いことがあるっ
て言われてるから、今日もここにお父さん達が来てるんだって。
 「オレ達も、幸せになれると良いな。」
 みんなで指切りをした。
 幸せになって、また、この三人であえますように。

 ふたりはかえっていった。
 北にある、ガネットの国へ。
 また会いたいな。
 何てったって、一緒に遊んでくれる、子分にしてくれる約束だもんね。
 神様、大人になる前に、もう一回くらい、会わせてね。お願いします。

 「あなたがこの事実を受け止められるくらいの、そう、この家の成人にあたる十七歳になったら、この記憶の鍵は外れるわ。決して、忘れてしまった訳じゃあない。これが聖なる心の血の、副作用みたいな物なのよ。」
 ガブリエラが寂しそうに言った。
 「メイカ、あなたは他の人に、私のことを言ってしまったわ。人形が母だと、さぞびっくりされたことでしょう?だからね、メイカ。あなたの幸せのために、この、母の記憶を消すわね。義妹のカノンが、あなたを引き取るそうだから、これからは、カノンがお母さんなのよ。ちゃあんと、お母さんって呼んでね。」
 そうして、ガブリエラは、私に何か、呪文をかけた。

 そして、今。
  未だに母は、私のことをちゃん付けで呼ぶ。
 「メイカちゃん」って。

 大事なこと、忘れてた。
 私は、チハヤと会っていること。
 血の繋がった母はガブリエラなのだと言うこと。
 約束したこと。
 全て、忘れちゃいけないこと。

 記憶の鍵が開けられて、私は……
 私は……

 真実の重さと、ちょっとした罪悪感。
 そして、大人になる自分を感じた。

 もう、こどもではいけない。

 真実を見据えられる、大人にならなくちゃ。

 私は、そっと目を開けた。


 現実の世界へ戻るために。
3.rd 特別な人形~Humane doll~
茜色に染まった糸束。蜂蜜を封じ込めたような色の硝子玉。
 そして、私そっくりの顔を持った頭部。
 「まあ、確かに自分がモデルだったら、少しくらい失敗したって誰にも文句は言われないし、好きなときに、いろんな角度で観察できるわよ。」
 私はため息混じりに、そうぼやいた。
 フィラにこの人形の外見の意見を聞こうとしたら、おおっぴらに作らせて置いて、どうせ変なことには使えないんだから、と、私自身をモデルにしたらと言った。
 ……全く持って、それが一番簡単な方法なんだけど。
 さすがに、自分自身に向かってると、どうも……
 「髪と瞳の色が違えば、別人だと思いますよ。」
 そうは言っても。
 なかなか踏ん切りがつかない私に、フィラがこう言って締めくくった。
 「髪は夕日のような茜色。瞳は明るい蜂蜜色。貴方の色とは正反対で、それで、自分の理想の自分を作ればいいじゃないですか。せっかくチハヤ様が人形の材料費を持ってくれるんですから、腕試しと思って。」
 いやぁ……なかなか言うもんだお姫様も。
 と、言うわけで、私は今、自分と同じ顔の生首もどき(坊主頭)と向かい合っているのであった。
 「はぁ、私の理想の『私』ねえ……」
 しげしげとその顔を眺めた私。
 それが、一番難しいんだよねえ。
 柔らかい頬の感触を確かめながら、まずは瞳の人工神経を繋いでいく。
 ……端から見てると、目から眼球を取り出してるみたいで気持ち悪いけど……しっかり繋げないと、この子の視力がない。
 いくら人形とはいえ、物を考えるのには視力は必要だ。だから『人に近しい人形』と呼ばれて居るんだもの。
 ようやく片目が終わる頃、夕食前の散歩の時間になった。
 「何か、フィラ様が楽しそうだったんだが、それはお前が関係してたのか。」
 部屋から出てきたところでも見たのか、テティがそう、私に言った。
 「うん、人形を見てもらったのよ。」
 見事に咲いた桜の木を二人で眺めながら、自慢げに、私は話した。
 「モデル、誰にしたらいいかなって、聞いたんだ。」
 「ふうん。」
 いまいちワケわからなそうな様子のテティ。
 「わざわざ決めなくったって良いような気がするけど。どうせ、チハヤ様が使うんだから。」
 「でも、決まってたほうがやりやすいのよ。」
 テティの意見に言葉を返すが、花びらを取るのに夢中で、私の方は半分聞いてない。
 「それで、誰をモデルにするんだ?」
 やっと一枚、取れたところで、私は答えた。
 「自分で鏡を見てやるんだ。」
 「は?」
 素っ頓狂な声を上げるテティ。
 「……何よ。」
 「いや、あのな、それって『お前』をそのまま作るって事か?」
 「うん。」
 素直に頷く私に向かって(予想はついたが)彼はため息をついて言った。
 「ペタンコが二人になるのか……。しかも同じ顔の。……面白いか?作ってて。そうじゃなくても……」
 「喰らいやがれぇっ!(語尾を上げて)」
 ごす。
無論、予想がついてて私が見逃すわけは無し。
 まーだ何か言いそうだったけど、続きを聞く気はないので、とりあえずボディ・ブローをかましてみました♪
 「ご心配なく。ちゃーんと、胸は増量しますから。」
 痛がっているテティを後目に、私は庭の中央にある噴水の方へと歩いていく。
 「先に食堂行ってるからね。」
 ふ、口ほどにもないヤツめ。まだ痛がってるのだろうか?
 ……噴水まで走ってきて、さすがに気になって振り返ってみた。
 テティが、居ない。
 あやや。怒ってしまったか。
 その時。
 背後に人の気配がした。
 テティが復讐に来たかっ!
 次の瞬間、
 私は、背中から暖かい腕に抱かれた。
 「うわっ、なに?」
 思わず、声があがってしまう。
 「すまない……もう少し……このままで……」
 その腕の主は、そう言うと、腕に力を込めた。
 なぜか、懐かしい感じが、する。
 薄暗くて、誰かは解らない、が、声は知っている。 不快ではない、暖かくて、いい気持ちだ。
 ……だが。
 チハヤに、なぜこんな事をされているのだろうか、私。
 「チハヤ、さん。やっぱし、私の過去、何か関係してるって事?」
 動けない身体を何とかよじりながら、私は問うが、彼は無言だ。
 ……大体、こーゆーのって、セオリーあんのよね。
 ここでコイツを好きな子(フィラ)が来て……
 思ってるそばから、フィラがやってくる。
 こっちを凝視して……
 ……誤解して、逃げていくのよね……
 本当に駆け出すフィラ。
 あああああぁぁぁぁぁぁ!
 なんてことをぉっ!
 「チハヤさん、ねぇどうしたのよ?」
 私は焦って思わず叫ぶ。
 こんなトコ、今度はテティに、見られたら。
 私のその言葉に、彼は、ぱっと手を離した。
 「……悪かった……忘れてくれ……」
 彼は走って帰っていく。
 がーん。忘れて良いほどのことか、さっきの。あんな事されて忘れろって言うか?フツー。
 私って、何なのよぉ、こいつらにとって……
 テティがやってくる。
 「お前なぁ、不意打ちでああゆう事やめろよな。つき合ってるこっちが……」
 さっきのことは気づかれていない。
 「悪かった。これからはもっと考えてからやるわ。」
 コイツと一緒にいれば誤解されなかったんだもんな。
 「お……おう」
 おとなしい私は珍しいのか、彼は驚いた声を上げた。
 「お前、何かあったのか?顔、赤いぞ」
 えぇ!?
 両手で、頬に手を当ててみる。確かに、熱い。
 「な……何でもない、ほら、走ったからじゃない?」
 私は適当にごまかしを入れる。
 彼は半信半疑ながらも、頷く。
 ……何となく、コイツには、言いたくなかった……
 部屋に帰ると、誰かが、部屋に向かって駆けてくる音がする。……これは……
 「メイカさん!」
 ……やっぱり。
 ばたんと開けられたドアの向こうに、フィラが居た。
 「人形を造りに来た、なんて言って置いて、やっぱりあの方に取り入っているんですね?」
 「いや、そーじゃなくてさ……あっちがいきなり抱きついて……」
 「まあ、チハヤ様の方が、なんて、よくもそんなことをぬけぬけと」
 「あの、その……」
 「大体ねえ、貴方は……」
 くだくだと来る文句の嵐。
 ……まあ、ここがフィラの可愛いところなのだが……くどいよな。
 弁解の余地がないから、苦労してしまう。
 「だから、私は本当に無実で……」
 言いかけたその時、
 「おーい、どうした、メイカ。何か喧嘩してるよーな声がするけど」
 助かった!
 私は、露骨に嬉しそうな顔をしてしまった。
 「……ああ、そう。そういうことですか。だからあんなに否定していたんですね。」
 どき。
 フィラが、さっきとは一転して、優しい声で、そう言う。
 「何だ。早く言ってくれれば良かったのに。メイ加カさんは、テティ様が好……」
 「わわわわわわわわわわっ!」
 慌てて彼女の口をふさぐ、私。だって、本人そこに居るんだよ?それに、私、別にそんなんじゃないしさ。
 「解りました。私、貴方に協力します。」
 ……嬉しそうに笑うなよ。
 「おい、どうしたんだ?」
 廊下にいるテティ。
 「大丈夫、どうもしないから、二人とも、帰ってね……」
 何か、人形以外のことに、気ぃつかいすぎた気がする。
 自分の過去については、ちょっとほっぽっておくか。
 この分だと、人形だいぶ遅れそうだし。
 特別な人形とは、
 『人に近しい人形』
 である。
 基本はただの人形と同じ。
 ……私はその後の仕上げをきれいさっぱり、全部忘れてしまっているのだ。(一章参照)いきなり思い出せってほうが無理なのよねー。
 仕上げとは、『心』を人形に入れること。
 これが出来なきゃ、『特別製の人形』なんて無理。
 あれから躍起になって人形を造っていると、九割方出来上がってしまった。そろそろ仕上げ方を思い出さないとホントにまずい。
 「まだですか?」
 なーんて、チハヤに嫌み言われるし。
 見た目は完璧。心がないだけ。
 挫折。
 はあ……私には無理なのかなぁ……
ため息をはいて、私は、面と向かっているそれをまじまじと見つめ、ゆっくりと記憶を探った。
 目を閉じた、まだ未完成の等身大の人形は、私そのものなのは言うまでもないのだが、心なしか、おばあちゃんの人形、『ガブリエラ』に似ているような気がした。
 『ガブリエラ』は物心つく前から私のそばにいた。
 柔らかい銀髪に優しい海色の瞳。
 不思議なことに、母さんが幼い頃にそばにいた記憶はなくて(多分、母さんは忙しかったのか、それとも私が頭を打ったときに一緒に飛んでしまったか)、私はガブリエラに育てられた。
 私も銀髪だったから、
 「メイも、ガブリエラみたいに綺麗になれる?」
 とよく聞いていたことを覚えている。
 決まってその後に彼女は微笑んで、何かを言うんだけれど、それも忘れてしまった。むう、忘れ物魔王め。
 ガブリエラが人形だと知ったのは、今から七年前。九歳の時だった。その頃には、おばあちゃんはもう寝たっきりで立ち上がれなかった。
 病床で、彼女は不意に、お見舞いに来ていた私にこう言った。
 「メイ、貴方には教えるわ。ガブリエラはね、『人形』なの。だけど、人でもあるのよ。」
 私は、最初その意味が分からなかった。
 でも、おばあちゃんはその事が解っていたかのように、幼い私にも解るように教えてくれた。
 「私の作った、心のある、命のある人形なの。」
 おばあちゃんは、わたしのあたまを撫でながら、その人形の作り方を語り始めた。
 「まず、私のおじいさまが作った方法で、人の心を持つ人形を作るの。ガブリエラはそれだけではなくて、『聖なる心』という宝石の力で……」
 おばあちゃんは、細かく、『彼女の作り方』を教えた。特別製の人形のことだ。確か、これは、一生に一度しか作れない、とか言ってたなぁ。
 「貴方が、本当に作りたくなったときに、挑戦してごらんなさい。」
 そこで色々教わって、そして一週間が過ぎた。
 技術を口頭で私に託したおばあちゃんは、役目を終えたかのように、息を引き取った。
 年齢からすれば大往生だし、死に顔も安らかだし。
 幸せだったと思うよ。うん。
 でも……
 大好きなおばあちゃんが居なくなるのは悲しかったし、それに……
 「メイ、お別れね。」
 おばあちゃんが亡くなる二日前に、ガブリエラがぼそりと呟いた。
 「ユキノから聞いたかしら。私は、彼女と命を共有してるの。」
 「おばあちゃん、死んじゃうの?」
 私は不安げに彼女を見上げた。
 彼女の海色の瞳が、涙のせいか、曇って見えた。
 私は、彼女に抱きついた。
 暖かい、身体。
 私は、涙がこぼれてきてしまった。
 しばらく、私たちは話すことが出来なくて、黙ってしまった。
 「メイ、ユキノから、このペンダントを預かってきたの。『聖なる心』。貴方の家に伝わる宝石。これで、『人に近しい人形』を作ることが出来るわ。」
 しばらくした後、思い唇を開いて、彼女は語った。 私は、それを受け取った。
 サファイアのようだった。
 高い、天まで続く空の色。
 その煌めきが、まるで慰めてくれているようで、私は嬉しくなった。
 ガブリエラは、それを見届けると、優しい笑みを私に投げかけてくれた。
 そして、彼女は立ち上がった。
 「楽しかったわ、メイカに逢えて。」
 「ガブリエラは、どうなっちゃうの?」
 私は、その後を追うように立ち上がった。
 悲しい目。
 彼女は、瞬きを一つして、さあね、と言った。
 「その宝石は、使った人の望みを叶えるけれど、効き目の切れる期限は、その人が死ぬまで。だから、私も……ね。」
 私は、後を追って行きたかった。
 でも、それを彼女は許さない。
 ガブリエラは、外に歩いて行く。
 だんだん小さくなる。
 「ガブリエラ!」
 私は叫んだ、力一杯。
 「さようなら、私のメイカ」 
 最後に、彼女は振り返って、明るい日溜まりのような微笑みで、そう言った。
 ガブリエラは、その日から姿を消した。
 多分、おばあちゃんと一緒に……
……思い出した。
 ひいひいおじいちゃんの、心を入れるための魔法!……
 「私でも、そんな魔法、使える?」
 おばあちゃんに、そう聞いたことがある。
 「もちろんよ。貴方には素質があるもの。」
 そうして、おばあちゃんは、呪文を語りだしたのよ。
  成功するか、見守っていてよね、ガブリエラ。 
 仮初めなれども 美しき物よ
 存在あれども 儚き物よ
 我が命ずる 汝に命ずる
 その内たる思いを 言葉と紡ぎ
 普く告げよ
 人形に心を入れる呪文。
 おじいちゃんが、悪戦苦闘の末に見つけた魔法。
 
 かっと、身体が熱くなっていく。
 胸から、手足、髪の一本一本まで、その熱い血は流れ込んでいく。
 確か、おばあちゃんの話だと、この術は自分の生命力を削って発動するらしい。……だから、一度に何回もと言うわけには行かないらしい。
 とんでもない術だ。
 ま、今回はこの子だけだから許容範囲だろう。
 朧なれども 有る物よ
 我に告げよ その言葉
 古の血は祖の約束
 我は祖の後継者ぞ
 汝よ自ずからその瞼を開き
 新しき命を持ちて
 目覚めよ
 辺り一面に青白い光が走る。最初はその光は無秩序に部屋を飛び回っていたが、そのうち、人形を見つけたかのように、彼女に集中して、降り注がれた。
 ずいぶんと長い間、私の中から出てきた光は、彼女に注がれた。
 ……そして
 光が止むと、目を閉じていた人形はその瞼を震わせて、ゆっくりと目を開いた。
 蜂蜜色の水晶二つが、二、三度瞬きをして、その焦点を合わせるまでに、大した時間はかからなかった。
 「おはよう。調子はどう?」
 私は、その瞳に自分が写っているのを確認し、手を振る。
 「貴方は……?」
 彼女は首を傾げた。
 いかにも、純粋そうな、仕草だった。
 「私は、メイカよ。」
 ……やった、成功だわ。普通の人形なら、こんな風に受け答えしないもん。相手が誰だろうと微笑むんだもん!
 改めて、見つめてみる。
 我ながら上出来だわ。
 茜色の髪は真っ直ぐで長く(ポイント)、さらさらと、窓から入ってくる風に揺れている。ふとしたときに、彼女が髪を掻き上げる仕草が、いい味(?)出してる。蜂蜜色の瞳を縁取る睫は長くて(これは、私に忠実よ、ホントに)、白い頬には、わずかに赤みが差している。肢体は長くて、スタイルが良い。まさに理想の私だわ。
 私の普段来ているラフな格好は、彼女に似合わないような気がしたので、なるべく彼女に似合いそうなやつを、持ってきた中から選んでみました。黒いリボンで縁取られた、シンプルなワンピース。
 もう万歳したいくらいによく似合ってる!
 こんこん
 ドアを叩く音、あり。
 フィラか、チハヤだろう。
 ああ、なるべくならチハヤ、来ないでね。
 もうちょっと、この子を見ていたいからぁ……
 「入りますよ、メイカ」
 やたっ、フィラだ。
 「どーぞ、入って入って」
 フィラが部屋にはいると、もう一人の私が、彼女を出迎えてくれた。
 「お早う御座います。」
 「…………出来たの?人形」
 「うん」
 嬉しそうに私が頷くと、フィラもゆっくりと彼女を見つめる。
 「……良い出来だと思いますよ。少なくとも、私が王宮で見た人形達よりは、ずっと自然です。」
 「ありがと。」
 
 「あの……」
 いきなり、『彼女』は喋りだした。
 「私の、名前って何ですか?……」
 「あ……」
 忘れてた、この子に名前、付けてなかったや。
 「良い名前有る?フィラ」
 「そんな、急に言われても。」
 確かに、急に言われたって思いつきもしない。
 ここは先人に乗っ取って、関連付いた名前を付けるしか。私たちは、こそこそと話し合い始めた。
 「……前の人形は、ガブリエラ。」
 「『ガブリエラ』……天使の名前ね。」
 「その前のは、ウリエル」
 「……天使続き、か。」
 「最初のが、ミカエラ。」
 「……天使……」
 「となると、次は……」
 「ラファエル、が妥当な線じゃないですか?」
 ラファエル、かぁ。
 うん、良い名前かも。
 私は、フィラと頷き合った。
 「貴方の名前は、ラファエルで良いかなあ?」
 今決めた名前を、彼女に良いかと尋ねると、彼女はさも、嬉しそうな顔をした。
 「ラファエル、ですね。」
 「うん。」
 ……あれ、ちょっと待てよ。
 今、ふと考えたんだけど。
 この子は、私のじゃないんだったぁっどうすんだ、名前なんて勝手に付けちゃってぇ!
 「どうなされました、私の主人。」
 ああ、やばい。この子も誤解してる。
 「本当に、どうしたんです?メイカ」
 もう、涙目の私。
 「……フィラ、この子、チハヤの、でしょ?……名前、勝手に決めちゃったよ?」
 「あ。」
 「……と、言うわけで、貴方はチハヤって人の、人形になるわけ。」
 「はあ。」
 一通りの説明が終わった後に、ラファエルは間の抜けた声を上げた。
 「だから、私は主人じゃないのよ。」
 「そうですねぇ。」
 …………。
 「あのさ、ラファエル(仮)。貴方、感情が(多分)有るんだからさ、もう少し、リアクションしてくれない?」
 あんまりにも落ち着いてるから、私は思ってることを口にしてしまった。
 私が失敗しちゃったって可能性もあるのに……いや、むしろそっちの方が確率高いなぁ。そうだとしたら、「あら、まあ」都下「リアクション、と言われましても……」とかだなぁ。なんか、我ながら予想が付くのが悲しい。
 「何ですか?その(仮)とか(多分)というの?」
 きょとんとした目でそう言うラファエル。
 ……やっぱし、こんなモンよね。
 作り直しか……
 なんて思ったその時、彼女が放った言葉は、意外な物であった。
 「思ったのですが、それでは、チハヤ様が欲しいとおっしゃったのは、私ではなく、その宝石を使って、人間にしろと言うことではないですか?」
 
 『聖なる心』
 これを使うと、命を共有して、人に出来る。
 確かに、そうしないと特別製とは言えない。
 誤魔化しちゃおうかなー……とか思ってたんだけど、だめ?
 ……だめよね……解ったわよ。
 私は、形見のペンダントをラファエルに預け、彼女
に「願い」を施した。
 これは、人形側にも、「人間になりたい」って願いが必要らしい。
 フィラが見守る中、ラファエルは、ペンダントを握りしめて祈った。
 私も、祈った。
 すると、辺りが真夏の日のように明るくなり、一筋の光でエルを照らし出した。
 見る見るうちに、彼女の手足は柔らかそうな、そして血の気のある本物の足になった。
 彼女の髪は、さらさらとなびいた。
 彼女の瞳は、生き生きと輝いた。
 彼女の体は、人間になった。
 ……はあ、つかれた。
 なんだか知らないけど、体が重くなった。
 多分、術をたて続けに使ったからだと思う……。生命力不足か……
 「メイカ?どうしたの?」
 「ごめん、……今日はお休みして良いカナ……眠い。」
 瞼が、とても重くなってくる。
 やっとの事で、ベッドにたどり着いたとき、あたしの意識は、無かった。

昔、あるところにとても優しい地主の娘が居ました。

娘はとても親切で、貧しい人々や身よりのない子供など、可哀想な人々に救いの手をさしのべました。

病気の老人には三日三晩寝ないで看病し、飢えている人には、惜しみなく食べ物を与えました。

娘は誰からも好かれ、そして、誰からも慕われていました。


娘の母は、それを快く思っていませんでした。

この母親と娘は血が繋がってはいません。
娘の本当の母親は、流行病で死んでしまったのです。
母は、娘と同じぐらい優しい人だったのですが、今の母親は自分の得になることしか考えておらず、欲の多い人でした。
ですから、娘のやることが、ひどく無駄で意味のないものに見えて仕方がありませんでした。

そんな継母の言うことなど聞かずに、娘は家にある銀の食器やろうそく立てなどをどんどん貧しい人に持っていきます。

継母は思いました。
いつか、この娘を追い出そう。
そして、この娘が配ったものを回収して、また、うちの中を豪華にしよう。
娘の父親はもうすぐ村のものを売りに町に行ってしまう。
その時に村から追い出して、家出をしたことにすればいい。

娘は母のそんな考えを知らずに毎日のように世話をしにいきました。

ある日、娘が水をくみに川へ行くと、一人の修士が木陰で休んでいました。

「どうしたんですか?」と彼女が尋ねると、
「空腹で疲れて、休んでいるのです。」と修士は答えました。

娘はそれを聞き、バスケットからパンとチーズを取り出しました。
「どうぞ、修士様。」
娘はパンを差し出しながら言いました。
「これは私の分のすべてなんです。
あとのパンは病気のおばあさんにあげるので、少し待っていただけるのでしたら、
家からもう少し食べ物を持って参ります。」

修士は尋ねました。
「貴方はお疲れのようですがいいのですか?貴方こそ休まなければいけないでしょうに。」

「いいえ、今にも天に召されようとしている方がいらっしゃるのに、何もせずにはしていられません」
娘は大きく首を横に振ります。

修士は微笑み、そして言いました。
「貴方のその想いが偽りでないのなら、この宝石をあげましょう」
それは透き通った琥珀色をしていました。

「この石を通した光には不思議な力があります。もし、貴方の心が神に通じたら、病気も、あるいは直るかもしれません。
しかし、もしも、醜い心でこれを使ったなら、その願いの代償として、大事な何かが奪われてしまいます。貴方なら大丈夫でしょう。
これは、パンとチーズ、それに親切にしていただいたお礼です。」

娘は素直に喜び、修士に何度もお礼を言いました。
「有り難うございます。これでたくさんの人を救えます。」と。
娘は急いで家に帰り、あるだけの食べ物をかき集めました。

継母は言いました。
「何をしているの、家のものをまたこんなに集めて。」
娘は先程あったことを包み隠さず継母に言いました。
そして、そのお礼の代わりに、何か食べ物を、と思ったのです。

継母は笑いました。
それはだまされたのさ。そう言えば食べ物がもらえると思って。
すべて食べ物を取り上げられた娘は、もう一度、せめてお礼を言おうと
修士の元へ行ったのですが、
もう、すでに姿はありませんでした。


娘は、修士にもらった石を、病気の老人にかざしました。
早く元気になって、長生きできますように。
娘はそう念じると、老人の顔色がぐんぐん良くなりました。

娘の持つ石の話は、瞬く間に広がりました。

継母は焦りました。
本当に力を持った石だったのか。
あの石を使ったら、もっと贅沢ができるのに。
あの娘は何でほかの奴らのために使うのだろう。
継母の焦りは、だんだん苛立ちに変わりました。
そして、娘が帰ってきたときに、その石を取り上げようと思いました。

何も知らない娘は、いつもの通り、表通りを通って、帰ってきます。
継母はドアのすぐそばで、娘が帰ってくるのを待ちかまえています。

娘は家のドアに手をかけ、開けました。
継母はぱっと手を伸ばし、黄色い石を取り上げました。
娘は取り返す間もないまま、継母は叫びました。

「遊んで暮らせるだけの、たくさんの金貨が欲しいわ!さあ、早く降らせてちょうだい。」

その瞬間、黄色い石は継母の手から放れ、二つに砕けました。
そのうちの片方が継母の体に触れると、継母の姿が消えてしまい、その代わりにたくさんの金貨が降ってきました。

そして、娘の足元には、元の通り、澄んだ水に写る黄昏の空のような黄色い石と、たった今流れ出た鮮やかな血のような、紅の石が転がりました。


「デザイア」の癒しの涙の物語より抜粋。
著者不明。

2.nd 囚われの姫君?~She is arrested by Northmaster ~

………なんだってこんな事になったんだろう………
 私は家から持ってきた服を、例によって豪華なクローゼットに詰め込みながら思った。
 そう、私が起きた部屋で、これから数週間、過ごすのだ。さっきと変わったところと言えば、鍵がかかったこと。しかも外鍵。
 はあ、なんでなんだろ。
 またもや同じ考えが浮かんでくる。
 何で、『特別な人形』が欲しいんだろう。
 ……うーん、なんでなんだろう……。
 ……ま、私のような、ゲセンの人形師にゃわからん事なんだろうなぁ。(ちょっと皮肉。)
 と、思ったその時。
 
 コンコン

 ドアがノックされて、私の返事も待たずに、かちゃっと開いた。……私の返事も待たずに、だ。

 「よう。今日から、お前の世話係になった、テティウス・ファグナーだ。これからしばらくよろしくな。」

 亜麻色の長い髪を三つ編みにした青年が、ずかずか入ってくる。瞳は澄んだ琥珀色で、チハヤ(さんなんて付けない!)とは違った感じの美形。その、宝石のような瞳は、私の方を見つめていた。……いや、正確には、私の手の中の物を。

 「……そんなにペタンコなのに、よくそんなモンを付けてられるなー。ずり落ちちまうんじゃねーの?」
 心底、疑問そうに言う。
 そう、私が今持っている物は、荷物から出して、クローゼットの引き出しに入れようとしてた、下着だったのだ。

 ……………………。

げしっ! バタン!!

 私は、彼の腹めがけておもいっきり蹴りを入れると、勢いよくドアを閉めた。

 よいこのみんなー、女の子の部屋にはいるときは必ずノックしてから、返事を聞いて入ろーねー!

 ……しくしくしくしく……。ちょっと好みーって思った途端に、人が気にしてることを……。
 確かに、人より小さい……いや、ほとんどペタンコの胸ではあるけれど、思春期の女の子には言ってはいけない言葉だ。……従って、ドアの向こうから、苦しそーにせき込んでるのが聞こえるけど、私は悪くない。うん。こんな事言ったあいつが悪いのだ。

 ばたんっ!

 また、凄い音を立ててドアを開けるテティウス。
 ……キレたか?

 「いきなり何すんだ、この暴力女!」
 自分のことを棚に上げて抗議なんて、いい度胸だ。
 「そっちが悪いんでしょ、人の気にしてることを!」
 更に言い返す。こいつ。
 「ホントのことを言ってやっただけじゃねーか。」
 「そんなとこ見なくたって良いじゃない。デリカシーって物がないの?」
 「何だと、この爆発頭!!」
そう言ってこいつは私の髪を引っ張った。
 「い、一度ならず二度までも人の気にしてることを……!!このどスケベ男<三つ編みなんかしちゃって、馬鹿じゃないの?」
私は仕返しにその三つ編みを力一杯引っ張る。
 「ま、魔導師の髪を侮辱したな、だからお前はバカメイなんだよ!!」
 二人して、お互いをにらみ合う。
 私たちって、相性最悪じゃない。こんな奴とずっと一緒なの?サイテー!

 ……あれ、何かこんな事、前にもやった覚えが……
 
 私の頭の中に、何か引っかかることがあった。

 「今、あんた、私のこと、『バカメイ』って言わなかった?」
 まだ、こいつに対してムカムカするけど、ふっとわいた、その疑問に、私は堪えられなかった。
 「あ……」
 彼は、私の髪を手放して、思いだしたように言った。
 「そうだったな。お前には十年前の記憶がないんだっけ。……本当に忘れちまったのか?全部。」
 私が静かに頷くと、一瞬、寂しそうな顔をした。すぐに、あのふてぶてしい顔つきに戻ってしまったけど。
 確か、チハヤも、あのとき同じ様な顔をした。
 もしかしたら、この人達は、私の無くなった過去を知っているのかもしれない。
 私が、そのことを聞こうとすると、少し笑って、忘れてくれ、と言った。

 そうして、彼が外に出ていって、一人、部屋の中に取り残された私は、新たに増えた疑問に、頭を痛めた。

 ……なぜ、なぜなんだろう……


 それから、テティウスは、明日になるまで、ここに来ることはなかった。


 「と、言うことで、今日から人形作りに入ってもらう。」
 どう言うことなのか全く解らないけれど、彼は次の日に来たかと思ったら、いきなり元気よくそう言って、私に紙を手渡した。その紙には、何か書かれている。
 『これからの日課表
1朝食
2仕事
3昼食
4仕事
5夕食
 以上。』
 …………………。
 「しつもーん。」
 「何だ?」
 さながらノリは先生と生徒。
 「この食事って、どんなのですかぁ?」
 「チハヤ様と一緒にフルコースだ。喜べ。」
 「……チハヤと食べるのぉ?」
 思わず嫌な顔をしてしまう。
 だって、あの、ブツクサ文句言う人と、毎日三回、きっかり会わなきゃいけないんだよぉ!きっと、やれ、テーブルマナーがどうかとか、服装がどうだとか、言うに違いないんだよぉ!
 「私、堪えられる自信、ありません。」
 はっきりとそう言うと、
 「じゃあ、これから毎日、サンドイッチとコーヒーで過ごすか?」
 テティが軽ーく返してくる。
 ……いや、個人的には紅茶の方が……って、そうじゃない。そんな食生活で一ヶ月弱生き抜けるわけ、無いじゃない!健全な少年だぞ、私は。
 無言で、凄い勢いで首を振ると、ほら見たことかって顔で、テティウスは笑った。
 「フルコースの食事なんて、お前は滅多に食えないだろうから、満喫してこい。」
 うぐぅ、ホントのことだから何も言えない。
 「ほかに、何かあるか?」
 何か、まだモヤモヤした気分の抜けないまま、スケジュール表を眺める私。
 …………あれ?
 「あの」
 「何だ」
 …………コレって、もしかしたら……
 「……食事以外は仕事って事?」
 私のまさか、の問いに、彼はあっさりと頷く。
 「…………うそ…………。」
 「うそ言ってどうするんだよ。」
 いやだぁ、こんな締め切り前の小説家じゃあるまいし、部屋に籠もりっきりで仕事なんてぇ!
 「外に出られる回数増やせない?テティウスさん<」
 「お前さあ、立場わかって言ってるのか?いちおうお前は捕まって、脅されて、ここに居るんだろ?」
 全く持ってその通りだけど……こいつ、ここまで言っていいのか?自分とこの事なのに。
 「でも、ずっとこんな所で考え込んだって、思い出せないモンは思い出せないもん。それだったら、外に出て気分転換した方が、能率も上がるし思い出しやすいと思うなあ。」
 私もコレばっかりは譲れない。一応、脅されたと言っても、私に依頼したんだもん。こちらの要求は呑んで欲しい。
 「でもなあ……。」
 大きなため息をついている彼に、私の『出せ出せコール』が容赦なく襲いかかる。
 ここまで粘る理由としては、……最初に見たあの広い庭を歩きたいのと、もう一つは、逃げ出しやすくするため。
 もし、本当に思い出せなかったら、逃げ出すつもりなのだ。だって、……まだ死にたくないし。

 ついに諦めたのか、テティウスは肩を落として解った、と言った。
 「でも、チハヤ様から許可が下りなければだめだからな。」
 うう……、コイツってば、思ったよりイイ奴かも。
 「ありがと、テティウスさん。これからは親愛の気持ちを込めて『テティ』って呼んであげるわ!」
 私は手を前に組んで、上目遣いで、ウルウルした目でそう言った。
 「……似合わねえ。」
 あ、鼻で笑った。やっぱしヤな奴だ。
 「まあ、その呼び方の方が、お前らしいけどな。」
 「え?」
 まただ、きっと、過去のことを言ってる。
 「……そりゃ、私らしいとは、思うけどね……。」
 きっと、つっこんでも答えてくれないだろうとふんで、わざと嫌みに言ってみる。
 「……記憶、戻るといいな。」
 突然、彼はそう言った。
 「どうしたの、いきなり?」
 私は心配になってきた。コイツが、ガラにもなく黄昏ている。
 「いや、なんでもない。」
 昨日とはうって変わって悲しそうな、笑み。
 ……テティ、何が言いたいの……?

 

 最初はヤな感じだったけれど、一週間もすれば、慣れてきてしまった。
 別に、チハヤもキレなければいたって紳士的だし、使用人の人たちは、私に対して嫌な顔をせずに、かえって楽しそうに世話を焼いてくれる。テティウスなんかは、合わないところもあるけど、なんだか、私とタイプが似ていて、話してると面白い。
 ……それに、人形のことと、私の記憶のこともあるし……
 探るだけ、探ったっていいのかもしれない。なんだか面白そうじゃない。

 そんなこんなで十二回目の朝がきた。

 私は、ベッドから起きると、大きな窓を開けて深呼吸をする。
 「ああ、いい天気。」
 部屋にくみ置かれた水差しから洗面器へ、勢いよく水を注ぎ、顔を洗う。
 水は適度に冷たくて、私のまだ寝ぼけている目を覚まさせる。
 私は、柔らかなタオルで顔を拭うと、寝間着を脱いで普段着に着替える。
 髪を梳かして、トレードマークのヘアバンドを付けたとき、私はふっと思い、ちょっと気まずくなった。
 「……なんか、ここの生活に馴染んでる……」

 あーあ、馴染むくらいここにいたって、何にも成果が上がっちゃいないんだもの。肝心の人形は五割方出来てるけど、私の過去の方はまだわかんないし、こんな中途半端なままじゃ逃げるに逃げらんないし。
 私は、散歩の間中、ずぅっとそのことを考えていた。
 「どうした、メイカ?」
 テティが、私の顔をのぞき込む。散歩の時間に、難しい顔をして考えてるから、心配に思ったのだろう。
 「ん?……何でもない。」
 春の朝日の下、柔らかい日差しが暖かい。
 自然と、幸せな気分になってくるから、不思議だ。
 「なあ、メイカ?」
 ベンチに座りながら、テティが言う。
 「お前さ、本当に、あの頃の記憶がないのか?」
 「うん、……なぜかね。」
 私は、そう、答えるしかなかった。
 さやさやと、風に揺れる木々の声がする。
 静かな時間が流れる。
 「お前、チハヤ様と、俺と、あのときに会ってるんだ。」
 テティは静かに言う。いつもの雰囲気とは違う、優しい雰囲気。……なぜか、懐かしい。
 「お前は、俺と……」
 言いかけたその時、
 「テティ、そろそろ時間だ。」
 チハヤが、私たちを呼びに来た。
 不思議な時間は、ここで終わった。
 テティは、何を言いかけたんだろう?そして、もしかしてチハヤは、その言葉を聞かせないために遮った?

 朝食中。
 私、静かに食べてるけど、なんだかかヤな感じ。
 いいところで切られたっつうか。
 せっかく、もう少しで私の過去の手ががりが解るとこだったのに。
 いつになったら、私の疑問は無くなるんだろう。
 ああ、中途半端にテティが言ったから、続きが気になる!今日は、あの後の食事から、ずっとそう思ってイライラしてしまった。
 人形の腕を削ってなめらかにしながら、私は考える、
あの言葉の続きを。
 『お前は、俺と……』
 何をしたんだろう。
 会った、ってぇのは言ってたから、
 木登り?
 追いかけっこ?
 縄跳び?
 釣り?
 カーチェイス?……そんなワケないって……
 いや、それだけじゃない。
 何で、チハヤは私たちの過去を隠したがるんだろう。おかしい。
 ぜったいに何かあるよ、アケチくん。

「だあああっ、気になって集中できねぇ!仕事になんねーよこれー!」

 思わず知らずに叫んでしまう私。
 あら、お下品な言葉遣い。

 こんこん。

 その叫びを合図にしたかのように、ドアが叩かれる。
 テティでは、ない。
 あいつはどんなに注意しても、叩いてすぐに部屋に入ってくる。
 「……どうぞ。」
 私は返事した。
 すると、静かにドアが開き、綺麗な女の子が入ってきた。
 
 「貴方?最近チハヤ様が連れてきた女というのは。」
 闇夜色の髪をはためかせ、ライラックのような綺麗な紫の瞳をこちらに向け、弦楽器の調べのように澄んだ声で、放った第一声。と、言うと、聞こえは良いけど。……なんか、初対面なのに、とっても棘があるわよね、その一言。
 「『女』じゃなくて、『人形師』として、ここに呼ばれたのよ。誤解の無いように言っとくけどさぁ」
 私はそう、受け流す。
 その女の子の視線の怖いこと怖いこと。
 ……信用しないって目だよな、コレ。
 「貴方、一体何者なのですか?」
 な、何者扱いかい……。
 まあ、別にいいんだけどさ。
 「……人に名前を聞くときは、自分から名乗れって、よく言うじゃない?」
 雰囲気的に、私と女の子の間に青白い火花がバチバチっと飛び散る感じが……いや、アクマで雰囲気。実際には飛んでないわよ。当たり前の事ながら。
 「……私はフィリーナ・クレーヌ・ディッセンバー・ガネット。この、北の国ガネットの第四王女です。……チハヤ様の許嫁でもありますけど。」
 ミョーに偉そうにそう答える女の子。
 お姫様って事、自慢してるのかな?
 「フィリーナ。じゃあフィラちゃんだね。」
 怯まずに私は、我ながらこの上はないってほどの笑みを浮かべる。
 「……勝手に略さないでくださる?」
 速攻突っぱねる彼女。
 あやや……チハヤと同じパターンだ。どうも、私はガネットの貴族の気に障るらしい。うむ。
 「さあ、私は名乗ったのですから、貴方も名乗りなさい。」
 イライラしつつも、彼女は片手をあげて、言う。
 そうね。さあ、気を取り直して。
 私も最小限の礼儀は守らないと。
 「私はメイカ・エイプリル。東の国モブ・アーレンの人形師よ。」
 言って、私は片手をさしのべる。ついでに、
 「よろしく、フィラちゃん。」
 敬愛の念を込めて呼びかける。
 「……先刻言ったの、聞きました?……」
 あ、フィラちゃんってば、怖ーい。
 でも……
 「じゃあ、お姫様☆」
 「ふざけないでください!」
 微笑みながら言う私に、フィリーナ姫はついに怒った。その顔は、まるで桜の花びらで染めたよう。
 あー……かわいい。
 久しぶりに同じくらいの歳の子にあったから、ついつい遊んじゃった。さっきまでの悩みも、消し飛ぶぐらい。
 要するに、この子はあれだろ、私にヤキモチ焼いてんでしょ。
 こんな可愛い子、ほったらかすなんて、チハヤも罪作りな人よね。仮にも自分とこのお姫様なんだし。

 「ごめんごめん、あんまり可愛いもんで遊んじゃったあ。」
 さすがに私のマイペースさに疲れたのか、彼女は大きなため息をつく。
 「こんな人がライバルになるなんて、私って不幸なのかしら。」
 「ねえ、本当に誤解の無いように言って置くけど、私は人形を作りに……」
 頑張ってごまかそうとする私。
 「本当に?」
 唇を尖らしたまま、上目遣いでこっちを見るフィラ。
 やーん、かわいー。
 「ほんとよ、ほんと。」
 「それなら良いんですけど……。」
 口ではそう言っていても、やっぱり信用しきれないのか、彼女はまだ硬い表情をしている。
 ともあれ、なんだか年の近い女の子が居るなんて心強いし、仲良くなれるといいなあ。
 「あ、そうだ。私の作ってる人形、見てかない?」
 私は、制作状況50%のあの人形を、この子に見せようと思った。
 まだ、中身のからくりしか作ってないんだけど、外見のこととか、客観的意見をもらいたいしね。
 「『人形』ですか?チハヤ様の頼まれた?」
 「そう。まだ、名前も何も決めてないんだけどね。」
 「チハヤ様の欲しい人形……興味、ありますね……」
何気なく頷く彼女。
 おし、今だな。
 「すぐそこにあるから、ちょっと来てくれる?」
 私は、半ば強制的に彼女の腕を引っ張る。
 右手には、さっきまでヤスリをかけていた『腕』を抱えて。
 彼女は不承不承ついてくる。

 窓際にある、作業場のドアを開けると、そこには、まだ組み立てられていない、『人形』がある。

 「これが、あの、人形になるのですか?」
 あ、そうか。この子は王女様だから、完成品を見たこと、あるんだな。
 私は頷く。
 「まだ、スェーダの樹液でコーティングしてない上に、顔も決めてないから変な感じでしょ?」
 『腕』を関節に取り付けながら、私は彼女の反応を見る。
 案の定、初めてみる物に、興味を持ったらしい。
 「『スェーダの樹液』って、何ですか?」
 そらきた。
 「人形作りに、書かせない材料よ。」
 私は説明する。

 「スェーダって言うマツに似た木から取れる樹液は、別名『即席コハク』って言うの。乾燥した物がコハクに似てるところからそう言われてるんだ。」
 興味深そうに、聞いてくれるフィラ。
 更に、私は続ける。
 「だけど、コハクほど堅くなくて……そうね、ゴムくらいの弾力があるわ。色も染めやすいし、何より薄くのばすと人の体組織と同じ様な感触が出せるから、人形作りには欠かせない材料なの。」
 「へえ、そうなのですか。」
 ご静聴、有り難う御座いました、と私が言うと、彼女は笑ってくれた。
 よし、掴みはオッケー。
仲良くなれそうだし、この子のお陰でさっきのイライラも取れたしぃ……。

 「あのさ、お願いしていいかな?」
 今、私、良いこと思いついた。
 「なんですか?」
 「あのさ……」
 小首を傾げる彼女に、私は勢いよく手を叩き合わせて頼んだ。
 「この人形の外見、決めてくんないかなぁ……」
 
 

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