4.th 約束と追憶と~Promise and recollection~
小鳥のさえずり。
小川のせせらぎ。
木々のざわめき。
そして白い光。
「おねぼうさんのメイカ、もう朝よ。」
母さんの声。
いや、カノン母さんじゃない、この声はガブリエラだ。
それじゃあここは、おばあちゃんちの隣、キワルの街にある家だ。
何で、こんな所に居るんだろう。
確か、私は……
「……イカ様……」
いかさま?
誰がイカ?
いや、待て、誰かがいかさましてる?
??
「メイカ様、もうそろそろ起きましょう。」
めいか。わたしのこと?
やっとの事で、私は目を覚ました。いつの間にか眠っていて、しかも相当寝ぼけていたらしい。……なんかマヌケな事、言ってた気がするけど。
「変な夢を見ちゃった。」
「どんな夢ですか?」
ラファエルが微笑みながら私に問いかける。
「秘密。」
私も負けないように微笑んだ。夢の話と、あの、マヌケな独り言のことは、ちょっと言いにくかった。
忘れかけていた私の過去の想いで。何で今更夢の見るんだろう。
「ところで、イカ様って、何です?」
「え?」
さっきの、寝言で言っちゃったのね……
「な、なんでもないの、うん。……そう、そうなの、イカ焼きの夢見ちゃってさあ、突然、そのイカ焼きが
巨大化して襲ってきてさ、『きゃー、イカ様!』なんて叫んじゃったのよ。」
言ってる最中に思いついたウソを、私は大げさに言ってのけた。……ちょっぴし罪悪感。
ラファエルは、そうですか、と微笑み、
「おもしろい夢ですね。」
と言った。
……いい子だなぁ。
こんなバレバレのウソを鵜呑みにできる子、そうそう居ないよ。ごめんね、変なウソついちゃって。
そういえば。
一息ついたところで、私はふっと思った。
カノン母さん、心配してるだろうな。ちょっと心配だ。
あれこれと気になることが出てきそうなので、私はこれ以上想いふけるのをやめた。悩んでいたって仕様がない。ここからはしばらく出られないのだから。
「メイカ、入るぞ。」
テティが、フィラを連れて入ってくる。
「あ、おはよう。」
「お早う御座います。」
思わず挨拶をしてしまう私たち。
「今度からは、挨拶しなくて良いからね、ラファエル。」
挨拶に頷きながららも、にっこりとそう言うフィラ。
あ、そうか、ラファエルは『出来上がっていない』事になってるんだっけ。忘れてた。
人形から人間にした後、意識が戻った私は、食事を持ってきてくれたテティとフィラと一緒に考えた。
気が付いたのだ。
チハヤは、何のためにこの子が必要なのか。
あのペンダントを使ったことによって、この子と私の命は共有している。
もし、変なことをされたら、私にも影響が出るのではないかと。
「……まあ、仕方ないと思うけど。」
「人ごとみたいに言わないでよ。」
「人ごとだ。」
……テティの意地悪。
「でも、確かに、この子をどうにかするのは可哀想ですね。」
かえって、そういう人形は、どうでもいい性格なら良かったのだ。なまじ可愛いもんだから、可哀想になってしまう。
「どうにかしましょうよ」
フィラの一声。
「……どうにかするったって、どうしろと言うんですか。」
「……どうにかなります。考えましょう。」
……テティ。フィラとチハヤで板挟み。
「……ごめん、テティ。迷惑掛けて。でも、対応方法がなければ潔く差し出すわ。……出来れば回避したいけど。」
そう、私が言うと、しょうがねえと、渋々承諾してくれた。つき合いの良い奴だ。
「さて、これからどうするかだよな。また、違う人形作るって言っても、時間かかりすぎちまうし。」
テティが困ったように言う。
そうよね、ラファエルを隠すためには、何かしなければならない。やっぱし無難なトコで『逃げる』、だろうか。でも、実際、そうしたら後が怖いなぁ。チハヤ、何するか解んないし。
うーん……
「ところでさ、何でこの子が必要なの?チハヤってば。」
考えても答えが出ないので、ちょっと逃避。
実際、何でこの子が必要なのか分かんないんだモン。
「さあ」
二人とも、首をすくめた。
そりゃそーだ。願いを叶えた対象を、どうやって使うのかわたしゃ知らんぞ。どうしたって、生け贄ぐらいしか。
「そのやり方は、チハヤ様しか知らないんだよ。大奥様直伝の魔法だから。」
テティがため息混じりに言う。
「だれ、大奥様って。」
思わず出てくる、どーでもいい質問。
「南に住んでた方だとか。そんくらいしか知らね。」
「ふーん……」
やっぱし、関係ないことだ。
私は心の中で、ため息を付いた。
朝食前の散歩。
フィラとテティと一緒に、庭を回る。
私は、逃げられそうな草垣の穴(?)を見つけた。
「テティ、あの穴から、ラファエル逃がせないかなあ。」
「出来るがな。……逃げるか?」
「冗談。私は逃げらんないでしょ。大騒ぎになっちゃうし。」
私は、『一応考えた、ラファエル救出プラン』を、二人に説明した。
まず、テティに、ラファエルを私の家まで連れていかせる。そして、事情を説明(母さんは、結界を貼って守ってくれるから大丈夫。)して、テティは帰ってくる。
「お前は?」
「チハヤの様子をうかがって、そうしたら対応策を決める。」
庭の中心地にある噴水にたどり着き、その前に置いてあるベンチに腰を掛ける私たち。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、でしょ。多分。」
いやー……。でもラファエル本人は嫌だろーなー……自分だけのけ者にされたようで。
でも、それが一番、二人にとってプラスになるんだから……
私は、静かにごめんね、ラファエル、と言った。
「ところで、貴方は、どこから来たのです?」
フィラから突然、私にこんな問いをかけられた。
「言ってなかったっけ?……東のモブ・アーレンのキワルの街から。」
言った覚え、あんだけど。
フィラは微笑んで弁解する。
「聞いた気がしますけど、何分、あの時、私は気が立っていたもので。そんなに遠くから来ていたのですね。なぜだか解りますか?」
とりあえず、ラファエルを創るため、というのは、前にも話したとおり。
うーん、それ以外で思い当たることは……。
「……私の祖母が、有名な人形師で、その後継者が私だからだと思うけど。」
フィラは驚いた顔で私を見た。
……なんか、変なこと言ったかなぁ……
「モブ・アーレンの、人形師?」
「うん。」
「おばあさまの家は、もしかしたら首都のシータにありませんか?」
「うん、その通り。今は、もっぱら私の研究所と化してるけど。」
フィラは、私に更に問いを出した。
「その、人形師のおばあさんの名前は?」
「ユキノ。ユキノ・ジュン、だけど。」
おばあちゃんの名前を聞いて、更に、フィラは驚いたようだった。
「メイカさん、こんな話を聞いたことはありますかか?」
『デザイア』と呼ばれる昔話と、それにまつわる四人の師の話。
昔、この大陸の各地に四人の名の知れた人物が居た。
東の人形師
西の手品師
北の黒騎士
そして、
南の修僧士
東の人形師は創る者。
神から与えられし物の中から、創り出すことが出来る者。
物を極めし者。命を生み出す者。
西の手品師は抗う者。
古から伝わる秘術を使い、仮初めの物を創り出す者。
心を極めし者。命を与える者。
北の黒騎士は壊す者。
神から与えられし力を使い、古き楔を断ち切ることが出来る者。
体を極めし者。命を絶つ者。
南の修僧士は流れる者。
古の神の力を使い、すべての物事に逆らわない者。
全てを極めし者。命を癒す者。
代々、その一族には不思議な力が宿っていて、その呼び名を継承して行くという。
全ての始まりは、南の神の国のラウカ・タッツの住人だと言われ、今でも、南の国は、不思議な場所だと思われている。そのため、いくつも山越えをしなければいけないその国を目指して、何人もの旅人が出るという。
『デザイア』の物語は、全て、ラウカ・タッツが舞台だとされていて、その、登場人物のモデルは、この人形師、手品師、黒騎士だとされている。
実際、それは本当の話で、何代も前にあったことだという説もある。
人形師の持つ、『聖なる心』は持ち主の命を共有する宝石、手品師の持つ、『癒しの涙』は代償無しに願いの叶う宝石、そして黒騎士の持つ、『魔界の想い』は何かの命を代償に願いを叶える宝石。
それぞれが、本当に実在しているからだ。
この四人の子孫の消息は知れないが、おそらく、それぞれの継いだ職業で名が通っていると思われる。
「あなたは、ユキノ様の孫娘なら、その東の人形師の末裔よ。」
九年前、人形師、手品師、黒騎士の末裔が一堂に会したらしい。そう……ちょうど、私の記憶がないところだ。何か関係があるのだろうか?
「貴方達が会した三年の後、チハヤ様に悲劇が起こったの。……歳は十一、……まだ小さいのに……お辛いことだったわ……。」
ゲイブル家は北の黒騎士の末裔の、由緒正しい家柄だった。国の中でも有力な貴族で、家族仲も良く、誰からも憧れられた一家だった。
しかし、それは表向きの話。
本当は愛のない政略婚でくっついた両親。母親に、父親が暴力を振るい、そのとばっちりが息子のチハヤに来る始末。
チハヤは弱音を吐かずに、一生懸命両親の心を和らげようとしていた。それは端から見ていると痛々しいほどに。
従兄弟で家臣のテティは、今もチハヤについているが、そんな彼の心ばかりの手伝いをしていた。
ある時、チハヤは、家の戸棚にしまわれていた、紅色の宝石を見つけた。あまりに綺麗な石だったから、父に見せに行った。
「その石は変ないわくがあるが、そんなのは迷信だ。汚いからどこかに捨ててきなさい。」
こんなに綺麗な石なのに。
チハヤはこっそり自分のポケットにしまった。
母には内緒にしていた。
言ったら、また父から母がどんな目に遭わされるか解らないから。
数日後。
酒に酔った父は、いつも以上に暴力を振るった。
家の中の調度品はぼろぼろで、家臣の者も、見て見ぬ振りをしていた。
チハヤはじっと堪えていたが、そんな彼をめざとく見つけた父は、今度のうさ晴らしの相手に自分の息子を選んだ。
殴る、蹴る、暴言を吐きかける。
母は一生懸命チハヤをかばうが、それも意味がなかった。ただ、一緒に傷つくだけ。チハヤはその中で何を思っていたのだろうか。
数分後。
あんなに騒いでいた家の主人が静かになったのを不審がった家臣の者が広間に来てみると、チハヤが一人でたっていた。
泣きながら、家臣にこういった。
「母様達が、お互いに消えろって言ったの……そしたら、二人とも、消えちゃったの……母様、僕をかばって、僕のせいで、居なくなっちゃったの……」
その手には、紫の宝石が握られていた。
それ以来、あの家の主はチハヤ一人。
そうして、幼いときの傷を背負ったまま、彼は生きているのだ。
「おそらく、そのチハヤ様の持っていた宝石は、魔界の想いだったのでしょう。両親がお互いの命を賭けて、お互いを消しあった。そして、その石はチハヤ様に受け継がれた。だから、その力を恐れて、多くの家臣達が館を去っていった……それが、私の知っている、チハヤ様の過去です。あくまで、噂話なんですけれど。」
「いや、その通りだ。噂にしては、尾ひれが付いてなかったぞ。」
知られざる、チハヤの過去の話。
本当の話だと、テティの証言付き。
「チハヤって、昔は素直だったの?」
私は思わず、そんな問いを漏らした。
二人は微笑みながら言った。
「とっても。」
「と、いうわけ、らしいけど。」
部屋で待機して、ドアから死角になるところで縫い物をしていたラファエルに、さっき、私が聞いたことを話した。
「チハヤさんって、そんな過去をお持ちだったのですか。」
「うん、だからあんなにひねちゃったのよね。」
力一杯話す私。それがラファエルにはおかしかったらしい。くすくす笑ってる。ひどいや。
「ラファエル。」
なにげに呼ぶ私。
「何でしょう。」
答えるラファエル。
「私たちは、ずっと一緒だよね。」
一瞬、何のことだか解らないような目で、彼女は私を見たが、かまわず続ける。
「チハヤは、肉親と離ればなれになって、親友とも、今は心が通い合っていないのよ。だからラファエル。私たちは、そんなことにならないように、ずっと友達でいようね。」
あの話で不安になった。
私もああなったら、どうなってしまうのか。
きっと、自暴自棄になって、チハヤと同じになっていただろう。
でも、ちゃんと頼れる、親友と呼べる人が居たら。こんな事にはならずに、何とかやっていけるのかも知れない。私には、テティとフィラ、そして。ラファエルが居る。
「今から私に様は着けないで。私もラファエルのこと、親しい感じでエルって呼ぶから。貴方も何か、ほかの名前で呼んでみて。」
エルは、私のことをメイ、と呼んだ。
まあ、それまで、いろいろ苦労したけど。なかなか様取ってくれなかったし。
と、いうわけで、めでたくエルと私は、親友になったのです。同じ危険を乗り越えて、ここまでずっと一緒にいたんだもの。当たり前って言や、そうなんだけどね。
「エル、早速で悪いんだけど、ここを出て、逃げてくれない?」
忘れかけていた。
チハヤの話もしたけれど、メインはこの子を逃がす手はずを話し合っていたはずだ。
私は、出来るだけ遠回しに言った。ここにいたら危険だ、と言うことを諭しながら。
「メイは、逃げないのですか?」
「二人で逃げたらばれちゃうでしょうが。」
かちゃっとドアが開き、フィラ達が入ってくる。
「用意は出来たわ。メイカと二人で中庭まで行ってね、ラファエル。テティがメイカの家まで連れて行ってくれるから。」
エルは不審そうに私を見る。
「まさか、私を逃がして、チハヤさんの所に行くのではないでしょうね?」
ぎく。
鋭いぞ、エル。
そして、私のその思いを見破れない彼女ではなかった。
「メイ、なぜ?なぜなんです?私を置いて、なぜ行ってしまうんですか?メイが行くのなら、私も行きます!」
エルが、涙ながらにそう言う。
「今生の別れじゃないんだから。」
私は出来る限り笑う。
その様子を見ていた二人は、心配そうにこっちを見ている。私は、その二人にも笑いかけた。出来るだけ、心配させないに越したこと無いじゃない。
「私はエルとせっかく友達になれたのに、別れたくはない。」
「だったら……」
「だからよ、だからあえて連れていかない。」
だって、あなたを連れてチハヤの所に行ったら、どうなるかが解るから。私はエルの言葉を遮り、そしてこう続けた。
「また、私はここへ戻ってくる。あなたを残してどこかに行ったりはしない。」
あなたが好きだから。自分が作った人形だからじゃ
ない。あなた自身が好きだから。エルは俯いた。まだ、生まれたてとは言っても、人は人。涙を隠そうとしているんだと思う。そんな彼女の頭を撫でながら、最後に言った。
「いい、これは別れではないの。……また出会うために旅立つの。旅先から故郷を焦がれて帰ってくる旅人のように、私は必ずエルの元に帰ってくるから。」
エルは、静かに頷いた。
テティも、フィラも、私の目を見て首を縦に振ってくれた。
さっきの言葉は、私自身にも言い聞かせたもの。
ちゃんと戻ってくる意志があれば、帰ってこれると思うから。
昼間、私はテティにエルのことを頼んだ。
テティは、私の家を知ってるし、それに、信用できるから。
彼は、少し不満ながらも、静かに首を縦に振ってくれたのだ。
計画通り、彼は、エルを連れて行ってくれるだろう。
中庭。
人気のない、夕暮れ時に、私たちは計画を実行する。
エルは私の手を取ると、何かを握らせた。
それは、彼女を作ったときに着せたドレスと一緒に着けた、ガブリエラの形見のイヤリングだった。
「このイヤリング、貴方にお返しします。」
私の代わりに連れていってください。
言葉にしなくても解った。
私は思いっきり笑って行って来ます、と言った。
回れ右をして一気に走ると、一度だけ振り返った。
そして手を振った。
私は景色に同化するぐらい小さくなった二人の姿を確認すると、また、フィラの居る方向に歩きだした。
絶対に帰ってやるぞ、と意志を込めて。
「本当に良かったの?あの子を逃がすなんて。貴方と二人の方が、どんなに安心でしょうに。」
心配そうなフィラに、私は笑って答える。
「大丈夫。私にはこれからすることがあるし、それに、私が居なくなったら、困るのは貴方達でしょ?」
「それは、そうだけれど……」
困り顔のフィラ。彼女の唇に人差し指を当てて、無言で瞳を見る。その紫水晶の様な瞳に、吸い込まれてしまいそうだ。
「大丈夫よ。何とかなるわ。」
確かに、ごまかせるわけはないと思うけれど、だめ元で、やってみるしかないじゃない。だから、そのために、やってみなくちゃ。諦めるなんて、私の柄じゃないしね。
そう意気込んだその時、
突然。
きぃんと、頭の中が、鳴った。
頭の中の、何かの留め金が外れた。
いきなり、大量の映像が流れ込んでくる。
〈メイプル〉
不意に誰かに呼ばれた気がした。
〈メイカ・エイプリルから取って、メイプル。〉
頭が急速に痛くなる。
立っていられなくなる。
〈さようなら、私のメイカ。私の大事な娘。〉
地に膝をつく。
心配そうなフィラの声も顔も、だんだん消えていく。
〈あなたがこの事実を受け止められたら、この記憶
の鍵は外れるわ。決して、忘れてしまった訳じゃあない。これが聖なる心の血の、副作用みたいな物なのよ。〉
沈んで行く、沈んで行く。
私の記憶の中へ……
「誰だ、お前は?」
呼び止められて、あたしは振り向いた。
そこにはあたしよりちょっと上ぐらいの男の子が二人いた。
「あたしはメイ。メイカ・エイプリル。七歳。」
あたしが名前を言うと、驚いた顔をした。
「お前が、あの人形師の孫娘か。」
最初に声をかけてきた、顔に傷のあるの男の子が言った。なんか偉そうだから、ちょっと、気にくわないけど、おばあちゃんのお客さんかも知れないから、怒っちゃいけない。
今日は、お客さんが、たくさん来てる。
たしか、くろのきしさんと、てじなしのひと、だったっけ?そんな名前の人。ガブリエラも忙しいから、あたし一人で遊ぼうと思ってたから、この人達が居るなんて、思ってもみなかった。
「おい、お前。」
偉そうな奴が、話しかけてきた。
「お前なんて言っちゃいけないんだよ。ちゃんと、名前で呼ばなきゃ失礼だってガブリエラが言ってたん。」
あたしが、そう教えてあげると、偉そうな奴が、すっごくこわいかおをしたけど、後の、優しそうな子が、笑いながら言った。
「メイカ・エイプリルって名前だっけ?」
「うん、あなたはなんてお名前なの?」
優しそうな人は、とっても楽しそうに、チハヤって答えた。偉そうな奴は、チハヤ君に言われて、テティウスって言った。
「ねえねえ、チハヤ君、『ちーちゃん』って呼んでいい?」
チハヤ君は、うれしそうに、うなづいた。
テティウスは、なんか、いやそうだったけど、しょうがないな、と言って、あきらめた。
テティウスに、てっちゃんってよ呼んでいい?ってきいたら、怒られちゃった。それでも名前が長いって言ったら、テティぐらいなら許してやるって言った。
ちーちゃんが、お返しに、あだ名を付けてくれた。
「メイプルってどうかな?」
かわいい名前。
どうしてメイプルなの?ってきいたら、
「メイカ・エイプリルから取って、メイプル。」
って言ってた。
すっごいよ、ちーちゃん、そんなの、みんなだって思いつかないのに!
それから、テティも、ちーちゃんも、あたしのことを、メイプルって呼んで、一緒に遊んだ。
ちーちゃんたちは、ここに一週間居るんだって。
遊ぶお友達が出来たから、あたし、うれしい。
「僕のお父さんとお母さんは、いつも、喧嘩してるんだ。お母さんはいつも泣いてて、かわいそうなんだよ。」
ある日ちーちゃんが、一緒に登った木の上で話してくれた。
「オレはチハヤ様のとこで暮らしてるからわかるけど、あれは、だんなさまがわるいよ。だって、何でもないことで、いきなりおくさまやチハヤ様をなぐるんだもん。」
テティも、言ってた。
テティは優しいお父さんがいていいな、とちーちゃんが言ってたけど、お母さんは、テティを生んですぐに死んでしまったんだって。
だからテティはなんだか怖いんだなって思った。
「あたしには、お父さんいないから、ふたりともいいなぁ。」
そう言うと、ふたりは、メイプルにはいないの?おとうさんって聞いてきた。
あたしのおとうさんは、ちっちゃいときに、飛行機の事故で死んじゃった。だからあたしには、ガブリエラしかいない。
「おばあちゃんの人形の、あの、ガブリエラのこと?」
ふたりは不思議そうな顔をした。
「ガブリエラは、あたしのお母さんなの。ホントだよ。今は、人間なんだ。おばあちゃんの力で、人間になれたんだよ。」
あたしは、そういったけど、ふたりとも、しんじてくれたかなあ。
あたし達は毎日、おひさまが西のお空に帰っていく頃まで、あたしたちは遊んだ。
そのたびにテティが、
「また、遊んでやってもいいぜ。」
っていったから、あたしも、
「うん、またきてね。」
っていった。
あたしには忘れちゃいけない約束がふたっつあるんだ。
「ねえ、メイプル」
ちーちゃんが、テティがお父さんの所に行ってる間に、あたしに言った。
「もし、僕が大きくなったときに偉くなってたら、また遊んでくれる?僕と一緒に、居てくれる?」
そう言ったあと、心配そうにあたしを見ていた。
「うん、いいよ。ちーちゃんなら、大歓迎だよ。」
あたしが、そう言うと、ちーちゃんは心からうれしそうな顔をしていた。
「やくそくだよ?」
「うん、やくそく。」
コレが、一つ目の約束。
もう一つの約束は、
テティとの約束。
あたしが、転んで、泣きそうになったとき、テティが、あたしに手品を見せてくれた。
あたしが、すごいねって言うと、テティは照れてたけど、
「当たり前だ、俺は天才魔術師けん手品師だからな」って言ってた。
あんまりにもすごかったから、あたしもやりたくて、
「どうしたら出来るの?」
って聞いたら、
「お前にゃ無理だ。」
って言われた。
あたしが、やりたい、やりたいって言うとね、テティが少し笑って、頭を撫でてくれたの。
それで、
「しょうがねえなあ」
って言って、あんなに、あたしが変な髪型って言うと怒るくらい大事にしていた、魔導師の力は、長い髪に宿るんだって自慢していたあの亜麻色の髪を、小指の長さくらい切り取って、あたしにくれたの。
「このオレ様の髪を持ってれば、もしかしたら、少しは使えるようになるかもな。後は、お前の才能と努力次第だ。」
そう言って、あたしのポプリ袋を取って、その中に髪を入れると、また、私の頭を撫でて言った。
「もし、大人になって、魔法や手品が使えるようになってたら、そん時は子分にしてやるぞ。」
言ってから、少し間をおいて、
「……一生ついてこい。」
って、聞こえた。テティの顔が少し赤いけど、どういう意味だろう。
でも、テティの子分になったら、面白そうだし、テティのこと、あたし、好きだったし、
「うん、絶対使えるようになる!」
って、私は言った。
テティはうれしそうに、
「約束だぞ、絶対迎えに行くからな!」
って言ってた。
コレが、二つ目。
両方とも、あたしの大事な約束だ。
忘れたくても、きっと忘れられないんだろうなって思うよ。
そうして、楽しい毎日が終わって、最後の日。
遊んでる最中にテティがお父さんに呼ばれて戻ってくると、
「三聖師、っていうんだって、オレ達。」
って、楽しそうに言ってきた。
ちーちゃんは、北の黒騎士の六代目で、
テティは、西の手品師の六代目。
そして、あたしは東の人形師の、六代目か七代目になるんだって。
昔っから、この三人が集まると、良いことがあるっ
て言われてるから、今日もここにお父さん達が来てるんだって。
「オレ達も、幸せになれると良いな。」
みんなで指切りをした。
幸せになって、また、この三人であえますように。
ふたりはかえっていった。
北にある、ガネットの国へ。
また会いたいな。
何てったって、一緒に遊んでくれる、子分にしてくれる約束だもんね。
神様、大人になる前に、もう一回くらい、会わせてね。お願いします。
「あなたがこの事実を受け止められるくらいの、そう、この家の成人にあたる十七歳になったら、この記憶の鍵は外れるわ。決して、忘れてしまった訳じゃあない。これが聖なる心の血の、副作用みたいな物なのよ。」
ガブリエラが寂しそうに言った。
「メイカ、あなたは他の人に、私のことを言ってしまったわ。人形が母だと、さぞびっくりされたことでしょう?だからね、メイカ。あなたの幸せのために、この、母の記憶を消すわね。義妹のカノンが、あなたを引き取るそうだから、これからは、カノンがお母さんなのよ。ちゃあんと、お母さんって呼んでね。」
そうして、ガブリエラは、私に何か、呪文をかけた。
そして、今。
未だに母は、私のことをちゃん付けで呼ぶ。
「メイカちゃん」って。
大事なこと、忘れてた。
私は、チハヤと会っていること。
血の繋がった母はガブリエラなのだと言うこと。
約束したこと。
全て、忘れちゃいけないこと。
記憶の鍵が開けられて、私は……
私は……
真実の重さと、ちょっとした罪悪感。
そして、大人になる自分を感じた。
もう、こどもではいけない。
真実を見据えられる、大人にならなくちゃ。
私は、そっと目を開けた。
現実の世界へ戻るために。
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